蕾の恋〜その花の蜜に溺れる〜



頭も目も喉も痛くなるほど泣いて
落ち着いた時には空は夕方色に変化していた


「あ、ごめんなさいっ
飛鳥さん、ワンピース」


抱きしめていてくれた飛鳥さんのワンピースは

胸元が明らかに濡れて変色している


「あら、ヨダレみたいじゃな〜い?」


ケラケラ戯けたように笑う飛鳥さんはやっぱり優しくて


あれだけ泣いたのに
また鼻の奥がツンとする


「今日は面会終わりまで一緒に居ましょう」


フワリと笑って頭を撫でてくれた後で


「和哉、車椅子」と同じ体勢で待っていてくれた和哉さんを呼んだ


「私は嬉しいですけど、飛鳥さん
ご飯の支度とか大丈夫ですか?」


「大丈夫よ、心配してくれてありがとう
瑞歩にも伝えてるから今日はサボりなの
あ、瑞歩も蓮ちゃんに会いたがってるわよ
『飛鳥ばかり狡い』ってボヤいているから」


車椅子の横を歩きながら
クスクスと笑う飛鳥さんは少女の様


その横顔を見ているだけで
よく似た大ちゃんを思い出して胸が苦しい


病室に戻ると


「え?」


大きな包みを持った大きな人が待っていた

驚かずに親指を立てた飛鳥さんは


「ナイスタイミング〜」
と笑ったから
来ることは決まっていたのだろう


「待ちくたびれたぞ、蓮ちゃん」


その大きな人は
大ちゃんの家の料理番の“ヒロさん”


懐かしい顔にまた鼻の奥がツンとする


「蓮ちゃん、美人になったな〜
あの頃も可愛いかったけどな」


いや、泣いた所為で酷い顔のはずだから
ヒロさんの美人の基準はかなり低いはず

昔から『可愛い可愛い』と頭を撫でてくれたヒロさんは

学校から帰ると必ず手作りのお菓子を用意してくれていた


「今夜は、ヒロ特製四段重」


そう言って包みをソファセットのテーブルの上で広げた


「ワァ」


おせち料理のような豪華なお重には不似合いの
私の記憶を呼び覚ます懐かしい料理がギッシリ詰まっていた











< 33 / 160 >

この作品をシェア

pagetop