御曹司とのかりそめ婚約事情~一夜を共にしたら、溺愛が加速しました~
バッグからスマホを出して動画を印籠のように突きつけると、余裕綽々だった男性が振り向いてここで初めて焦りの色を見せた。自分が盗みを犯している動画を、目を見開いたまま食い入るように見ている。

「くそ……いつの間に」

「財布を返して……きゃ!」

チェクメイト、そう思った瞬間。男性がスマホを持つ私の手首をぐっと掴んできた。弾みで危うくスマホを落としそうになる。

「今すぐこれ消せ!」

「放して!」

いや、怖い! 誰か!

犯行を押さえられていると知った男性は逆上してすっかり冷静さを失っていた。
いきなり証拠を突きつけたのは失敗だったかも……万事休。とギュッと目を固く閉じたそのときだった。

「いたぞ! あそこだ!」

そう言ってバタバタと数人で駆け寄ってくる気配がした。

誰か来た! よかった……。

しかしホッとしたのもつかの間。勢いよく男性が掴んでいた私の手を振りほどいた瞬間、グラッと身体があらぬ方向へ傾いた。

え……嘘ぉ!?

階段から、おち、る……?

「春海!!」

ぐるりと視界が回転したとき、誰かが私の名前を呼んだ。私を「春海」と呼ぶのは知っている限り家族くらいしかいない。

あぁ、お父さんお母さん、ごめんなさい。

私はやっぱり肝心なところで失敗するドジな娘です――。
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