翳踏み【完】
小さくひねり出すような声で呟いて、彼が満足そうに笑うのを見つめた。夏の太陽に惜しげもなく晒される髪は溶けそうなほどに白い。金と言うよりも白と言った方が適切だと思えるくらいに綺麗にブリーチされた髪は、それでも痛みさえ知らなさそうに揺れている。

髪を一度も染めたことのない私の黒と、彼の清々しいほどの白は、いっそ面白いほど正反対だ。私も白く染めてみれば、このうだるような暑さから逃れられるのだろうか。

耳朶には、鮮やかにピアスが輝いていた。その穴はいつから開いているのだろう。当たり前のように輝いているから、彼の体の一部みたいだと思った。

つくづく、私とは縁遠い人だ。


「それは困る」


困るって言いながら、当たり前のように私の唇に彼のそれを押し付けた。まるで、校内で噂されている彼の性格とは真逆の優しいふれあいだ。それをされるたびに、私は彼が誰なのか、わからなくさせられる。

踏み込むように口付けられて、呼吸を失った魚みたいに必死でカッターシャツにしがみ付いた。太陽みたいに熱い、熱を孕んだ背に触れて夏を想う。


その刹那の間だけ、私と彼は、同じになる。


体温も、鼓動も、思考も、友人も、年齢だって、今まで生きてきた人生だって、何もかも違う。一つも接点のない私たちが、こうしてふれあっていること自体が酷く不自然だった。それなのに、夏はその不自然ささえも滲ませて、私の思考能力を奪い続けている。

このままでいいわけがないことくらい、私にも、よくわかっている。

息苦しくなったみたいに指先に力を籠めたら、彼は分かっていたように口付けをやめた。至近距離に滲む睫が、夏の日差しにぶつかって、きらきらと光っている。

きれいだな、と思っている間にやっと顔が離れる。


彼はいつもと同じ顔で言った。


「誰にも秘密だよ」

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