翳踏み【完】




「菜月ってさあ、いっつも昼休みどっか行ってるよね」

「んー?」


彼との逢瀬は、決まって昼休みだった。彼が初めて私の前に姿を現した日、美術部に所属している私は、いつもと同じように美術室でお弁当を食べていた。

美術部で真面目に活動しているのは私くらいだから、お昼休みにこの部屋に来る人なんてそういない。それなのに、彼は現れた。


「どこで何してるの?」

「美術室で作品描いてるよー」

「ああー、そういえば美術部だっけ? ちゃんと活動してる人とか居るんだ」

「あんまりいないけどね」


世界は驚くほど単調だ。毎日同じ人たちと、毎日同じ顔で同じことを笑っていなければならない。学校なんていう狭いコミュニティなら、なおさらそうだ。お友達のふりをして他人をひた隠す。そういう生き方しか知らないから、皆窮屈だ。

エアコンの無い教室内は、昼休み後のこもった熱気に支配されている。誰もが口々に暑い、と呟いているのをぼんやりと見つめながら、「あ、更科夏希だ」と誰かが呟くのを聞いた。

ついさっきまで私のお昼休み事情に興味を持っていたはずの横の女の子も、その声に顔をあげた。彼は、良くも悪くも目立つ人だ。私なんかより、ずっと。


「うわ、更科軍団、またどっかと喧嘩ぁ? このクソ暑い中、元気すぎるでしょー」

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