翳踏み【完】
「でも、せんぱいは、夏希先輩は、本当は優しいひとだよ。ただ……。ただ、今は、私がどうしようもなく傷つけちゃっただけ」

「へぇ。お前、残酷なやつだな。好意には答えられないけど優しい人だよって、それ言われて嬉しい男がいると思ってんの?」

「そ、いう意味じゃ……」

「お前の思う意味が違っても、相手が思う評価が俺と同じなら変わらないだろ。良い人だけど付き合えませんって言いながら隣でふらふらされたら誰でも頭狂いそうになるんじゃね? お前何がしてえの? 夏希さんが好きなんじゃねえの? それとも夏希さんの素の部分見て引いた?」

「まって、待って……。違うの。そうじゃなくて……。夏希先輩のこと、すき、だよ……。でも、たぶん、私が先輩に見合うようなひとじゃないから」

「アホくせぇ。見合うかどうかなんてどうでもいいだろ。相手の感情まで決めつけんなよ。見合ってなくても夏希さんが惚れたって言うならそれでいいんじゃねえの。お前のクソどうでも良い劣等感に巻き込むなよ」


正論が肺に刺さる。

まるで呼吸を止められたみたいに息が続かない。じっと見つめる瞳に映る私がひどく汚く見えた。『クソどうでも良い劣等感』と言葉がぐるぐる回って、喉元が熱くなる。

悲しいのか悔しいのか、苦しいのか、いずれも熱をあげて、言葉を詰まらせている。滞った息を吐いた私に、楽間くんが「ま、お前らしいけど」と呟いた。

特に話したことがあったわけでもないのに、自分の性質がよく理解されているようだった。可笑しくなって、小さく笑ったら、涙が出そうになる。耐えるように息を吸った。

< 60 / 77 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop