翳踏み【完】
いつもより少し大きなランチバッグを持って廊下へ出た。丁寧にワックスがけされているリノリウムを滑るように歩いて、一つ上の階へと登った。

想うだけでは伝わらないから、一生懸命にやるしかない。先輩に拒絶された日にやったように、嫌われても、煙たがられても、自分の想いだけは伝えたい。


先輩が作ってほしいと言ったお弁当箱を持って、クラスを探した。とても静かだ。ゆっくりと歩いて、深呼吸する。

先輩のクラスはまだ授業中だった。当たり前だけれど、先輩が真面目に授業を受けているところを見たことがない。後ろから先輩らしき人を探して、どこに見見当たらないことに気が付く。

もしかすると、いつも授業を抜け出して私のクラスに来てくれたんだろうか。

もしもそうなら、どこかですれ違っているかもしれない。踵を返して元来た道を戻って行く。その道の途中で、足が止まった。


「しずか」


誰かが誰かの名を呼んだ。親しげな声に聞き覚えがあった。すぐ横にある社会化準備室は誰も使っていないことで有名な場所だ。スライド式のドアが拳一つ分ほど開いている。

その隙間から、今私が探している人の横顔が見えた。


相変わらず綺麗な横顔だった。

誰かを呼ぶ先輩のウエストには、白い腕が絡んでいる。それを見た瞬間に、息が止まった。先輩が誰と何をしようが自由だ。


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