私が聖女?いいえ、悪役令嬢です!~生存ルート目指したらなぜか聖女になってしまいそうな件~
 ガバリ、イリスは体を起こした。背中が汗でグショグショになり、体中が震えている。今しがた見た夢は、悲しくてそれでいて美しかった。しかし、あまりにもドラマティックでありながら、まったく非現実には思えないことが不思議だった。どちらが夢でどちらが現実なのか、イリスは少しだけ混乱していた。

 カタカタと震える身体を抱きしめ、腕を擦る。そうやることで、ここは恐ろしい夢の中ではなく現実なのだと噛みしめた。

 何がドラマチックよ! バイオレンスじゃない! ドメスティックバイオレンスならぬ、まさにドラマチックバイオレンス!

 ……滑ったと笑うなかれ。『新世代ドラマチックバイオレンスゲーム』とゲームのPOPに書いてあったのだ。イリスが悪いわけではない。

 イリスは少し落ち着くと、ゆっくりとあたりを見渡した。天蓋付きの豪奢なベッドはとてつもなく大きい。豪華なレースと刺繍がちりばめられたベッドカバー。少し身じろげば、滑らかなシルクの夜着がサラサラと音を立てた。

 これは……。

 ドキドキと心臓が早鐘を打つ。自分の部屋だ。それはわかっている。それなのに違和感がある。慌ててベッドから降りようとすれば、首元で鈴が鳴った。ギョッとして手を伸ばす。

 ベルベットの手触り。硬い鈴。そして、金色のチャーム。見なくても分かる。これはイリスの家の紋章、アイリスの花だ。イリスはゾッとした。こんな時にすら外されていないのだ。

 慌てて姿見に向かった。自分が動くたびに忌々しくチリチリと鈴が音を立てる。姿見の前で呆然とする。

 さすがゲーム配色と思わせるミントグリーンに輝く豊かな髪が、胸の下で軽く一つにまとめられていた。毛先は穏やかに縦ロールになっている。翠玉の瞳は曇り切っていた。きつく上がった眦に、細い眉。氷の彫像ように美しい顔(かんばせ)の十三歳の少女の姿があった。

 ちょっとまって? ちょっと待って? これって、『ハナコロ』のイリスじゃない!?

 イリスは茫然とした。乙女ゲーム『白い花が咲くころに』の悪役令嬢イリス・ド・シュバリィーが鏡に映っているのである。
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