五年越しの、君にキス。

ぼんやり立っていると、隣に歩み寄ってきた早苗さんが私の肩をぽんっと叩いた。

「洗い物替わるから、対応してきてもらってもいい?」

私の手についた洗剤の泡を流しながら、早苗さんが微笑みかけてくる。

優しいその笑顔に少し元気付けられた私は、伊祥の秘書だという人が待つ店頭へ出て行くことにした。

店のカウンターにつながる事務所の入り口から顔を覗かせると、柳屋茶園にやってきたときの伊祥の定位置となっているテーブル席に、黒髪でスーツ姿の男性の背中が見えた。

「あの、後藤さんですか?」

カウンターから出て歩み寄って行くと、スーツの男性が機敏な動きで立ち上がってこちらを振り向いた。

「はじめまして。梨良さんでいらっしゃいますか?」

無駄のない動きですっと進み出てきたその男性が、私に向かって会釈する。

「そうですけど……」

初めて見るその人を少し警戒していると、彼が「失礼しました」と言いながら名刺を差し出してきた。

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