五年越しの、君にキス。

後片付けを済ませるために急いで事務所に引っ込むと、もう洗い物を終えたのか、早苗さんがタオルで手を拭いていた。

「あ、梨良ちゃん。着替えてもうあがっていいわよ。あとは私が片付けておくから」

「そういうわけには……」

「たまに予定があるときくらい、私に気を遣わなくてもいいのよ。今日は伊祥さんとデートなんでしょ?」

「な、なんで?」

悪戯っぽく微笑んだ早苗さんに横腹を肘で小突かれて、飛び出した声がへんてこに裏返った。

「今日の梨良ちゃん、朝からずーっとそわそわしてて、なんか変だなーって思ってたのよね。教えておいてくれたらよかったのに」

「そんなに変だった?」

「少しね。結婚前のデート、楽しんできて」

早苗さんにふふっと笑われて、熱くなる顔を手のひらで覆う。

早苗さんに肩を押されるようにして仕事着の着物から私服に着替えると、秘書の後藤さんと一緒に店を出た。

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