あなたの鼓動に耳をすませて。
道明寺サラの朝
その日もいつもと同じ朝だった。

起床は午前6時丁度。長年の感覚で、目覚まし時計をかけなくとも起きられるようになった。というよりは、起きなければならないの方が、正しいのだけれど。

窓を開け、朝日を浴びる。
少し冷たい風が肌を撫でる。この時間が一番好きだ。澄んだ朝の香りが心地よく、思わず目を瞑った。

小鳥のさえずりでも聞こえてきそうだ。

目を開けると、朝とはいえ、車や自転車や人が道路を行き交っている。その一つ一つに





音。

私の知らない当たり前の世界。
歩く度する軽快な音も、車のエンジンの音も、勿論小鳥のさえずりも、時計の音も。

私は知らない。


私は生まれつき、耳が聞こえない。


それを不便だと思ったことはない。
別に聞こえなくても生きられないわけではないし、そもそも聞こえた事がないから。

喋ることもできないけど、喋る相手だっていないし。

まあとにかく、音がどういうものか、知らないし知りたいとも思わないのだ。

『聞こえなくて喋れないって、人間じゃないんだ。』

あの日の言葉がフラッシュバックする。わざと私に見せるかのように、大きく書かれた文字。いかにも小学生が書いたというような、バランスが悪く読みにくい文章。

それを見せる同級生の、汚い醜い目の色。

あの時はその一文字一文字に吐き気がしたものだが、今となっては周りのそんな目にももう慣れてしまった。自分が言われていることは、表情で簡単に分かる。

「おあおう」

おはよう、声に出す。出せているのだろうか。

でも毎朝これをしないと気がすまないのだ。
これが私がこの世界に生きているという、私なりの証明でもあるのだ。

少し明るい空をもう一度見上げ、階段を降りた。

これが道明寺サラの自室での朝。
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