その背は美しく燃えている【中編】
 バレー部のことが佐野を思い悩ませて、出口のない迷宮に閉じ込めているのだ。勝利を掴むには足に蔦が絡みすぎていて、とうの昔に仲間と誓った決意を丸めて捨ててしまいたくなる。けれど時間が取捨選択をさせる暇を与えてくれない。八方塞がりのまま冬の闇に消えてしまいたいそうな佐野の誓いは、まるで缶から揺蕩う水蒸気のようだ。

 しかし佐野は大きな鉄の塊を飲み下したごとく、胃の中に消化不良の悩みを抱いて笑った。凪に心配をかけさせまいとする心が、彼女に相談させてはくれない。


 凪は鉄砲玉のように立ち上がった。そしてバレリーナのような足取りで佐野の前で地面を踏みしめ、力いっぱい佐野の頬を両手で包み混んで、それからもうあらん限りの感情いっぱいに佐野を抱きしめた。凪の手の中に収まった佐野はただただ呆然とするしかなく、声にならぬ声が喉を通っていく。肩に顔を埋める凪の腰をさすり、離れるように促す。彼女は素直に従ったが、佐野の肩に置かれたてを話す気は一向に無いようだった。頭上にある顔を見ると、凪は今から運命と取り組むぞといった真剣な表情をしていた。



「話したくないなら話さなくていい。でも、私は君に救われた。今度は私が君を救いたい。寄り添うぐらいだったら、私にも出来る」



 一言一言、押し出すばかりに節をつけて言った。凪のまつげの隙間から見え隠れする黒曜石が煌めき、佐野を脳天から貫く。 手にしているコーヒーの冷えた感覚が増すたびに、彼女が温もりを送って送ってくれる。ならば、佐野がもし後ろ暗い感情すべてを吐き出した際も、同じように与え続けてくれるのだろうか。縋ってしまって、いいのだろうか。

 期待に胸が熱くなる。コンクリートで固めていた感情がマグマみたいに吹き溢れる。



「……頑張っても頑張っても、出口が見えないことがあるんだ。仲間とも指を交わしたのに、ふと、立ち止まりたくなる」



 声が震えていた。寒さからでは決してない凍てつく感覚が脊髄を這い上がる。しかし凪は決して馬鹿にしなかった。それどころか、佐野の頬に指先を乗せ、その存在を確かめるように上下に這わせる始末だ。



「アクリル絵の具って放ってると乾いて使い物にならなくなるじゃん」


「おう」


「でもさ、ラッカー薄め液を使えば溶かせるんだよね」



 佐野は、はてなを浮かべる。凪の話の全容を掴めずに、手が宙を彷徨っている。
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