その背は美しく燃えている【中編】

回想する

「あの子は天才だ」



 皆口を揃えてそう言う。その度にあの子は照れながら微笑むのだ。そしてしっかりとその表情を相手に刻み込ませたあと、一言。



「私の絵なんてまだまだですよ。凪先輩の足元にも及びません」



 いかにも自分の絵を軽蔑するように言うが、私には「そんなことないよ」と言われたいがために自分を卑下する行為にしか見えなかった。

 私だって彼女が入学する前は天才として崇められており、自分でも私は才能があると思っていた。けれど、彼女と出会って向き合いたくもない現実を否が応でも突きつけられる。彼女の絵はそれは素晴らしい出来で、入学して間も無く幾つもの賞を受賞した。私は後輩の成功に喜ばしい驚きを感じながらも、時折、彼女の純粋な笑顔に潜む私への嘲笑が見えたように思えてならなかった。お前に才能はないと、彼女の物腰が語っていた。


 そして私はある日、彼女に罪を犯した。いかにも初夏らしく澄み渡る空が窓を彩っていた。

 私と彼女の席は隣で、共に白いキャンバスに空想を描いている。ふと、棘のある視線を感じた。横を見れば数秒前まで絵筆で紙面をなぞっていた彼女が、真剣な表情で私を見ていた。



「あの、先輩」


「どうした?」


「この絵どう思いますか」



 彼女の視線は私から手元の絵に移り、私もそれを追う。そこには終焉にひた走る向日葵の絵があった。空は着色しておらず、まだ絵の全貌は分からない。けれど私はなけなしの才能で理解した。この作品はきっと人々の心を強く動かす。

 圧倒的な才能を前にして、怖気付いた。私に貼られた天才というレッテルが、音を立てて剥がれ落ちていく。こんな凄いものと戦えだなんて、無茶だ。私は自分が描いている絵が恥ずかしくなった。彼女の目が私の絵へと飛ばないよう、しっかりと言葉で縫いつける。



「いいんじゃないかな。頑張って」



 負け惜しみくさい笑みを浮かべる。彼女は優越感に口元を緩め、けれど謙虚を装った声色でお礼を述べる。じっとりと汗ばむような嫌らしさが私を襲った。ふっと心の一角に悪い衝動が、割れた花瓶から溢れる水のように広がっていく。細胞の一つ余すことなく濁った気持ちが染めていく。



「……でもさ、向日葵ってあんまり良くない気がする。題材的としても凡庸だし、君のタッチだったらもっと別のがいいと思う」
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