呉服屋王子と練り切り姫
 甚八さんが私お茶をすすっているところを見ながら、私も自分の淹れたお茶をすする。すするというのは建前で、実のところ彼を盗み見ていたという方が正しい。
 バタバタとイライラで今の今まで気づかなかったが、よく見たら切れ長の目、整った鼻筋、そこに乗せられた丸い縁の眼鏡。とてもかっこういいのだ。黒い短髪は耳の横で切りそろえられている、いかにもなさわやか系。広い肩幅、大きなごつごつとした手。その手で、繊細に着物に触れていたのか……その手に触れられたら、私はどうなってしまうのだろう……。

「何を呆けている?」

 甚八さんのその声に、思いっきりお茶を噎せた。何考えているのよ! 彼に、触れられたいなんて……

「顔が赤いぞ。熱でもあるのか……?」

 彼の大きなごつごつとした手が、こちらに伸びてくる。私、本当にあの手に触れられて……

 ―――プルルルル

 部屋の内線が鳴った。甚八さんは私に伸ばしていた手を引っ込めて、受話器を取った。

「はい?」

 私はほぉ、と息をついた。心臓がドキドキしている。私、何考えてるの……あんなやつ!

「モナカ、ゲーン夫妻が温泉入ろうって。お前浴衣着て行けよ」
「私は『まなか』です!」

 甚八さんは「ははっ」と笑った。
< 30 / 92 >

この作品をシェア

pagetop