呉服屋王子と練り切り姫

甚八さんと将太君

 その日も、更衣室を出たところで将太君が待っていてくれた。

「良かった。今日は絶望してない」

 笑いながら将太君はそう言った。私よりも少し背の高い将太君は、私の頭をポンポンと叩いた。

「将太君のおかげだよ。あの練り切り餡で、元気が出た」
「そっか、よかった」

 将太君の手は、年下とは思えないほど大きくて、あったかい。それまで意識していなかったけど、将太君だって、ちゃんと男の人だ。………もしかして、朝玲那が言ってたことって? 意識しだしたら止まらない。私の頬が急に熱を上げた。

 どうしようどうしようどうしよう。

 食い気しかない私に、どうして彼はこんなに優しいのか。その答えが、私の思ってる通りだとしたら………。

「将太君、私………」
「言わないで」

 気づいた時には、彼の腕の中に閉じ込められていた。ふんわりとやさしく、包んでくれる彼の手。心地いいのに、何か違和感を感じる。

「俺、愛果さんが好きっす。だから、愛果さんが悩んでるの見たくない」
「将太君……」
「頼りないかもしれないけど、何があったのか知らないけれど、俺にできることなら何でも言って」

 将太君の優しさに、胸が苦しくなる。それなのに、脳裏に浮かんだのは口の悪い丸メガネの和服野郎の姿だった。

 ―――将太君、ごめん。

 私は彼の腕の中で、ひたすら懺悔を繰り返した。
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