呉服屋王子と練り切り姫
「これは何だ?」
「鶏肉のソテーです」
「じゃあこれは?」
「じゃがいもとブロッコリーのサラダです」
「これ……うまいな」
「それはキノコのオイル煮です。エスカルゴとは触感が異なるかとは思いますが」

 甚八さんは不思議なものを見るように、すべての料理を指差しこれは何だと聞いてくる。メニューがないから仕方ないのか……そう思っていると、不意に甚八さんが立ち上がる。彼は食器棚からワイングラスを二つ取ると、どこからか赤ワインを持ってきて、席に着いた。

「オイル煮には、やっぱり赤だな」

 そう言いながら、グラスにワインを注いでいく。

「ワインは注げるんですね。それもしたことないのかと」
「このくらいはできる。接待もあるからな」

 甚八さんはそう言いながら、自分の注いだワインの香りを楽しんでいた。きっとこのワインも高級なんだろうな……そんなことを思いながら、思いの他この食事の時間を楽しんでいることに気づいて、私は注がれた赤ワインをくっと飲み干した。

「明日からまた部屋の掃除、よろしくな」

 風呂から上がった甚八さんは皿洗いをしている私にそう言うと、自分の寝室へ戻っていく。

「うん、おやすみなさい」
「おやすみ」

 新婚みたいな会話だな、と思ったところで慌てて頭を振った。新婚なんかじゃない! あんなやつ、旦那になんて……旦那? またあらぬ妄想をしてしまいそうで、慌ててブンブンと頭を振り、皿洗いに全神経を集中させるのだった。
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