呉服屋王子と練り切り姫
「マイスイートエンジェル! ただいま戻ったよ」

 陽臣さんのキャラは、思ったよりも強烈だった。毎日こう言って帰ってくるのだ。私は仕事の行き帰りは六実さんに付き添われ、そして帰ってくるなり肌触りの良すぎる部屋着に着替えさせられる。そして、することもなくただリビングで陽臣さんの帰りを待つのが日課だ。日課というより「強制」なのだが。
 陽臣さんは私の頬にチュッと軽くキスをすると、今日の夕飯は何かと六実さんに聞く。そのメニューに納得すると、今度は長良さんにいくつか頼みごとをしてさっさと部屋に行ってしまう。
 最初はすることもなく六実さんの家事を手伝おうとしたが「愛果様にそんなことはさせられません」と、押し切られてしまった。唯一私が手に入れたこの家の中での役割は、熱帯魚の餌やり、だけだった。

「あんたも退屈だよねー……」

 私は大きな水槽の上部からエサをぱらぱらと振り入れた。小さいのはわらわらと寄ってきたけれど、私の話しかけた大きい黄色いのは向こうを向いている。

「無視、かぁ。ひどいなぁ」

 そう呟いた私の声は、広すぎるリビングの空気と混じって消えた。
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