呉服屋王子と練り切り姫

私はお金で買えません!

 ドアを開け入ってきたのは、これまたたいそうな護衛をつけた初老の男性だった。

「おやおや、お若いの二人で居るところを、邪魔してしまったかな」
「どんでもございません、伊万里(いまり)様。わざわざご足労いただきありがとうございます」

 伊万里様と呼ばれたその男性は、ソファに品よく腰掛ける。陽臣さんは私の腰を抱いたまま、耳元で囁く。

「こちらは伊万里様。うちが今一番欲しいものを持ってるお方なんだ。わが社の運命がかかっているから、失礼のないように」
「ははっ。若いってのはいいなぁ」

 どうやら私たちが秘密の会話でもしているかのように見えたらしい。伊万里様は私たちを温かい視線で見守っていた。

「失礼をいたしました、伊万里様。愛果、お茶を淹れてきてくれるかい?」
「は、はい……」

 私は伊万里様にペコリと頭をさげて、お茶を淹れに下がった。

 お茶を淹れて戻ると、伊万里様と陽臣さんはにこやかに話していた。

「陽臣くんのタイプが、あんな可愛らしい方だったとはね」
「お恥ずかしながら……でも、愛果は本当に可愛いんですよ」

 なんとなく恥ずかしくなって、私はお茶をお盆に乗せたまま、その陰から動けなくなってしまった。

「陽臣くんは、本当に彼女のことを愛しているのかね?」
「ええ、もちろんですとも。彼女は見た目が可愛らしいだけじゃない。料理の腕はいいし、事務作業も得意でして僕の書類の整理などをしてくれるので、とても助かっています。それに、僕に甘えずに凛として働いているし、それでいて物腰は柔らかいのに、芯は通っている。何より、愛情深いんです」
「はは、じゃあいつか逃げられてしまうかもねぇ」
「そうなったら困りますね。僕は彼女にべた惚れですが、彼女に愛想を尽かされてしまったら……」

 陽臣さんに料理を振る舞ったことなどない。書類の整理を手伝ったこともない。あるとしたら……

「……甚八さん」

 柱の陰に隠れたまま。そう呟いた。
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