呉服屋王子と練り切り姫
 終業後、私は厨房に将太君と並んで立っていた。正直、この鶴亀総本家の練り切り餡を目の前にすると、口の中の唾液分泌量が格段に上がる。しかし、今はそれどころではない。真っ白なままの練り切り餡を、少しちぎって口に運ぶ。

「こっちの方が美味しいかも」

 そう言って、将太君は私に違う生地を差し出す。私はそれをまた口へ運ぶ。

「うーん、こっちは甘さが控えめすぎるかな」
「そうか。……うちの練り切りが好きだったなら、確かにさっき愛果さんが食べてた方がいいっすよね」

 真剣な顔で、真っ白なままの練り切り餡とにらめっこする将太君。

「ごめんね、なんかお店を背負ってコンテストに出るって話にまでなっちゃって」
「いいんすよ、俺、愛果さんの『みんなに美味しく食べてもらいたい』って気持ち、すげぇ共感したんで」

 そもそも、将太君とこうなったのは、朝の私の提案のせいだった。

「低糖の和菓子、作れないかな?」
「和菓子自体、脂分少なくて低糖なんすけど」
「そうなんだけどさ、ほら、病気で甘いものとか食べられない人もいるじゃない? そう言う人に、和菓子を美味しく食べてもらいたくて」

 伊万里様に会った時にそう思った。彼は鶴屋総本家の練り切り餡が大好きだと言ってくれた。それなのに、今は食べることができない。私は、自分の店の商品を、おいしく食べてほしいと思った。

「将太君、どうかな?」
「うーん、じゃあちょっと今日の帰りに厨房借りれるか大将に聞いてみます」

 そうして、大将はコンテストの新作も作れというオプション付きで、将太君に厨房と材料を使わせてくれることになったのだ。
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