呉服屋王子と練り切り姫

伊万里様とゲーン夫妻

 今日の東丸宮商事の社長室は、いつにもまして人口密度が高い。
 社長机の前に立った陽臣さん、そして二人掛けのソファには伊万里様。その向かいに、なぜかゲーン夫妻。私はテーブルの端に将太君と並んで立ち、そして入り口扉の前では腕を組んだ甚八さんがいた。

「伊万里様、ゲーン様、こちらがその低糖の練り切り餡でございます。まだ試作段階ですので、厳しいご意見等頂けたら幸いです……」

 声を震わせながら、将太君が彼らの前に練り切り餡を差し出す。

「ワオ、ビックリ! コンナにワカイコがツクッテイタノネ!」

 ゲーンさんの奥さんがそう言った。鶴亀総本家の新作練り切り餡が食べられると聞いて、ゲーン夫妻はここに同席していたのだ。

「僕はまだまだ修行の身です。ですが、伊万里様に昔のようにおいしく練り切り餡を食べていただきたい、と彼女から要望があったので……」
「ありがとう、愛果さん。さっそくいただくとするよ」

 伊万里様が練り切り餡を口に運ぶ。隣から、唾をゴクンと飲み込む音が聞こえた。

「美味しい。懐かしい味がするの」

 伊万里様がそうおっしゃって、将太君はほっと息をついた。ゲーン夫妻もおいしい、おいしいと頬張る。

「将太君、良かったね」

 私が声をかけると、将太君は涙をこらえていた。

「ありがとう、愛果さん。俺、俺、めっちゃうれしい!」

 そう言った将太君は、感極まって私に抱きついてきた。

「ちょ、ちょっと、将太君!」
「オオウ、ジンパチ! モナカチャン、トラレチャウネ?」

 ゲーン夫妻がそれを見てはやし立てる。

「おや、愛果さんは陽臣くんのフィアンセではなかったのかい?」

 伊万里様がそう言うと、その瞬間ちらっと見えた陽臣さんの顔が明らかに青くなっていく。私はなぜこうなったと内心ヒヤヒヤしながら、将太君が離れるまでは無心な棒でいることに徹した。
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