呉服屋王子と練り切り姫
「伊万里様、私は……」

 ようやく将太君が離れたころ、私は伊万里様に向かって言った。陽臣さんは焦って髪をぐしゃぐしゃに掻いていた。

「愛果さん、安心してほしい。私は最初から分かっていたよ」
「………へ?」
「キミみたいな子が、陽臣くんのフィアンセであるはずがないってね」

 伊万里様はまるで少年のような笑みを口元に浮かべる。陽臣さんだけが、ポカンと大きな口を開けていた。

「陽臣くんのところにキミみたいな子がいたら、素敵だったのだろうけれど。そうか、愛果さんは甚八くんのだったか」

 伊万里様が納得したような顔で後ろを振り返ると、その視線の先に頬を赤く染めた甚八さんがいた。

「こっちは本当だったようじゃな。しかし、陽臣くんが変わったと思ったのは事実。だから、私はここにこようと思ったのじゃ」

 伊万里様は、残りの練り切り餡を頬張りながら続ける。

「キミは幸運の女神と呼ばれているそうだけど、どうやら本当のようじゃな。私に練り切り餡を我慢させるのかと思ったが、こんなにおいしいものを作り出してくれた。ありがとう」

 その最後の一言は、将太君の涙腺を崩壊させたらしい。隣からひっくひっくと聞こえてくる声に、ゲーン夫妻がよかったよかったと笑いあう。
 私は「こっちは本当だった」と言った伊万里様に心の中で謝った。私はただの居候で、家政婦でしかない。彼はどう思っているのだろうと、私は甚八さんの澄ました横顔を見つめていた。
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