極上の餌
「それで、急遽、広橋先生がお父様の執筆を引き継ぐことになったのですね」
司会者、吉田は舞台袖での妖艶な雰囲気は微塵も見せず、トークショーの進行していく。
「はじめはどうなるものかと思いました。読者の方を騙しているような、裏切っているような罪悪感がありました。特にはじめの2年間は父が亡くなった事を伏せたまま書いていましたから」
「でも、誰にも気づかれなかったんですよね?」
「はい、一応……。父が書いていた頃にも、父に代わってタイピングする事が多々あり、そのため、文体は大きく変わらなかったからか……」
「書評も売れ行きも、先生が引き継いでからも右肩上がりで」
「お陰様で」
「むしろ、文学賞を立て続けにお取りになったのはここ数年なのですから、先生ご自身が認められた、ということですよね?」
このトークショーの主役が「俺」だから吉田が俺を持ち上げるのは理解できる。
が、父を亡くして今がある俺には素直に喜べる言葉ではない。
奥歯を噛む俺に吉田は綺麗に作った笑顔を向けて話題を変える。
「それで、今は小説Sへの連載の他にK社の新刊、それから、新聞小説を同時進行で書かれているのですね?」
「はい」
「そんなお忙しい中、本日はご登壇くださりありがとうございました」
「本当はいくつか締め切りが迫っていて、外出もままならない状況なんですが、S新聞社さんには父の頃からお世話になってますから」
「まあ、外出もできないんですか?」
ややオーバーなリアクションで口元に手を持っていく吉田の唇のグロスがテカった。
照明のあてられたステージの中央には、生花を飾った小さなテーブル。
華やかな牡丹の花がベリーヒルズビレッジの和風を意識したコンセプトに沿っていて感心させられる。
吉田のグロスのテカリの嫌悪感は、生花を間にすると益々増長するけれど、そんな感情をこの場で出すべきでないことぐらい分かっている。
オレの好む、好まぬなど関係なく、登壇前のオレに向けた艶めかしさはどこへやら、テーブルの向こうからハキハキと滑舌の良い女性は、確かに仕事ができる人なのだろう。
イラつきながらも顔には笑顔を貼り付けて、軽口を叩くようにトークショーは進行していく。