Sister Cherry! ~事故った妹は今日も事故る~【シーズン1】

桜子、異世界へ行く【其の二】


【桜子、異世界へ行く……(2/4)】

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 ユマと名乗った少年剣士は、この世界を“カルーシア”と呼んだ。

 遼太郎はここがやっぱり異世界であること、そして助けてくれた相手もまた転移者であることに、二度驚いた。
「カルーシアという世界なのか、ここは」
「ああ。残酷で可愛らしい監視人が、管理する世界さ」
「監視人……?」

 遼太郎が問い返すと、ユマはニヤッと笑った。
「こっちの話だ。で、そっちの話を聞かせてくれるかい? あんたは見たところ俺と同い歳くらいだが、その子は妹さん? それとも、カノジョかな?」
見た目より軽く、調子のいいところのあるらしいユマに、遼太郎は苦笑する。
「いや、こいつは……」

「ええーっ、そんなふうに見えますう?!」


 が、桜子がぐいぐいっと前のめりになり、ユマの目を丸くさせた。
「お兄ちゃん、どうしよー/// カノジョだってさー///」
「どうもすんな。ちょっと黙ってろ」

 桜子を“ちから:47”で押し戻し、半笑いのユマに改めて名乗る。
「俺は此花遼太郎、高二だ。こっちは妹の……」
「妹兼カノジョの、此花桜子でーす。ぴっちぴちの中二でーす」
「お、おう。可愛い妹さんだな」
「えへへ、お兄さんもすっごくカッコ良かったですよぅ?」
きゅっと指を組んで首を傾げた桜子に、剣士ユマもタジタジになる。


 が、すぐに気を取り直し、ユマは少し顔つきを厳しくした。
「ところで遼太郎、桜子ちゃん。異世界到着早々言いにくいんだが、ちょっと悪いタイミングで転移してきたようだぞ」
ユマにそう言われ、遼太郎は襲ってきた怪物のことを思い出した。
「さっきのモンスターのことか?」
「ああ。今この街は、“人狼”の襲撃を受けている」


 ユマが言うには、人狼とは”獣の悪魔(ベステート)“とも言い、この世界ではファンタジーによくある”変身する獣人“を全般に指す言葉らしい。だから人狼といっても”狼男“だけに限らず、
「熊の獣人を、“熊の人狼”と言ったりする。ちょっとややこしいけどな」

「今は兵隊と傭兵ギルドが事態の収拾に当たっているが、突然のことで、態勢が混乱している。で、俺がこうして遊撃に奔走してるってわけさ」
「ユマは兵士なのか」
「まあ、いろいろあって傭兵で食っている」

 自分と同じような歳なのに、異世界で傭兵としているとは只者ではない。遼太郎が感嘆の眼差しを向けると、ユマは腰を揺すり、下げた得物の据わりを直した。


 それから、ユマは申し訳なさそうな顔になって、
「で、だ。あんた達を手助けしてやりたいのは山々なんだが、そういう事情で、俺の方も手いっぱいだ。安全になるまでどこかに身を隠してもらいたいが……」
ユマは少し考え、路地裏をぐるっと見回した。

「この辺りは空き家が多い。非常事態だ、ちょっと軒を借りるとするか」



 **********

 ユマはいくつかの空き家のドアを試したが、
「くそ。まあ、そう都合よく鍵が開いてはしないか」
舌打ちをしつつ、また次のドアのノブをガチャガチャ鳴らした。


 そんなユマについて回りながら、遼太郎が訊ねた。
「なあ、ユマ。あんな怪物を一撃で倒してしまうんだから、やっぱユマは相当レベルが高いのか?」
「レベル? 俺にはレベルなんてもんはないよ……」
扉と格闘しながら言ったユマだが、ふと顔を上げ、遼太郎を振り向いた。

「遼太郎にはあるのか?」

 遼太郎と桜子がステータス画面を開いて見せると、ユマは目を丸くし、興味深そうに覗き込んだ。
「へえ、面白いな。こんなの見れるんだ。【スキル:つっこみがするどい】【スキル:すきなひとのためならなんでもできる】……? なんだこりゃ?」
「ユマは見れないのか?」

 遼太郎が逆に問うと、ユマはちょっと複雑な顔をして言った。
「このカルーシアというのは、ちょっと変わった世界でな。その人間が持っている“世界観”ってやつを反映して、それぞれの人間に違うものを見せるんだよ」


 ユマが言うには、カルーシアとは人の心を映す鏡のような世界なのだそうだ。ある人のカルーシアには竜がいて、ある人のカルーシアにはいない。そうした世界の在り方が許容されるのだという。

 良太郎が驚き感心した。
「へえ、それで矛盾が起きないもんなんだな」
「ま、世界ってのは巧くできてるもんだし、頑張って調整してくれている奴がいるからな」
これを聞いた遼太郎が、
「さっき言ってた監視人ってやつかい?」


 そう訊くと、ユマはじっと遼太郎の顔を見て、そして首を振った。
「その話は後だ。今はとにかく隠れるところを……って、これもダメか。仕方ねーな。大家には悪いがこんな時だ、蹴破らせてもらうぞ」
ユマが頑丈そうなブーツをすっと上げると……

 桜子が横からひょいと手を出し、ノブを回した。

 するとノブは抵抗なく回って、ギイ、軋む音とともにドアが開いた。
「あれ? 開きましたけど?」
桜子がきょとんとして言うと、ユマが「あれ?」と頭を掻く。


 中に入ると、薄っすら埃の積もった生活感のない部屋だった。家具と言えば古ぼけたテーブルと椅子が四つ、それで全てだ。
「うん、ここなら大丈夫だろう。少々埃っぽくて悪いが、俺が戻るまで鍵を掛けて二人でイチャイチャでもしていてくれ」
「お前なあ……」
遼太郎がユマを睨むと……

「イチャイチャだって……ねえ、お兄ちゃん、どれくらいのイチャイチャにしようか……?」

 桜子が頬を染めてモジモジとし、遼太郎を閉口させる。
「俺が戻った時、服着てないとかヤメてくれよ?」
ニヤニヤ笑うユマに、遼太郎は腹パンをくれた。


 すると思いがけず、ユマが顔をしかめ、僅かに体を折った。
「お前……結構いいパンチ持ってんだな……」
「わ、悪い。そんなに強くやったつもりはないんだが、鍛えてそうだし、つい」
遼太郎が慌てて謝る。そこでふと、ユマと遼太郎が顔を見合わせた。

「【スキル:つっこみがするどい】って、そういう……」
「うわあ、使いどころがねえ」

 ユマは吹き出し、遼太郎の肩をパンパンと叩いた。
「まあ、そんだけ元気がありゃあ安心だ。じゃ、少しばかり待っててくれ。と言ってすぐに戻れる保証はないから、途中で何か食糧でも調達して来るんだったか」
ユマが少し心配そうにすると、
「あ、お兄ちゃんのお弁当だったらあるよ」
「食ったらお前の武器がなくなるけどな」
桜子がお弁当の巾着を開き、中をごそごそとする。

 すると、2リットルのお茶のペットボトルがにゅっと引っ張り出された。


 桜子は、きょとんと首を傾げる。
「あれ、こんなの入っていたかなあ?」
(いや、物理的に無理だろ!)
これを見て、遼太郎とユマが同時に心の中で叫ぶ。

 言葉にならない二人の前で、桜子は小さな巾着から、鮭と昆布のオニギリ、サンドイッチ、フライドチキンなど、コンビニフードを次々取り出した。
「わあ。おかーさん、いっぱい入れてくれてたんだねー」
「んなワケあるか! 俺の弁当入れは四次元ポケットか!」

 そう言った遼太郎は、ハッとしてユマを振り向いた。これはもしかして、巾着にたくさん入っているのでなく、桜子が“無いもの”を取り出しているのでは……? そう言えば、さっきの扉も、ユマの調べた限り確実に鍵が掛かってはずだ。

(【スキル:すきなひとのためならなんでもできる】って、そういう……?!)


 ユマが恐る恐る、桜子に向かって言う。
「なあ、桜子ちゃん。桜子ちゃんは、お兄ちゃんのこと好きかい?」
桜子は振り返り、照れたような笑みを浮かべた。
「えー、何ですか、急に? うーん、大好きですよぉ、お兄ちゃん///」
ひょいひょいとテーブルに食べ物を積みながら、
「ユマさんのことも、好きですよー」
クスっと笑った桜子を見て、ユマは遼太郎に頷きかけた。

「遼太郎……俺にも“妹”がいるんだが、妹って時々すげえよな」
「ああ、そうだな……」



 **********

 と、次の瞬間から立て続けに事が起こった。

 苦笑していたユマの表情が、遼太郎がギクリとするくらい変わると同時に、ドアが物音を立てて開かれた。人狼だ、と遼太郎が認識した時には、ユマの腰から銘刀が鞘走り、突入してきた怪物の胴を擦れ違い様に切り払っている。
「すごい……!」
人狼の躰がどさりと崩れ落ち、ユマはふうと息をついた。

 が、襲撃は一体ではなかった。

 続いて部屋に飛び込んだ人狼は、手に得物を持っていた。仲間がやられたと見るや、人狼はナイフを遼太郎へ目掛けて鋭く放った。
「く……!」
射線に対処できない位置のユマ、生まれて初めて刃物を投げつけられた遼太郎。動けない一瞬が過ぎた時――……


 そこにいたのは、背中から胸まで刺し貫かれた、桜子だった。


 咄嗟に、何も考えず、桜子はナイフと遼太郎の間に身を投げ出した。刃は少女の体を無慈悲に貫いた。
「桜子……!」
倒れ掛かる妹の体を受け止め、遼太郎は息を喘がせた。手にぬるりと温かい感触が伝わる。ユマは目を背ける。あの位置は、致命傷だ……!

「お兄ちゃん……」
「桜子、しゃべるな……!」
「お兄ちゃんに……」


「お兄ちゃんに何をするだァーッ! ゆるさん!」
「えーっ?!」


 胸をナイフに貫通されたはずの桜子は、遼太郎を突き放すように身を起こすと、つかつかと人狼に近づいた。
「グアアアッ……」
「お兄ちゃんを襲うなんて、絶対に許さないんだからっ!」
威嚇する人狼を物ともせず、ぐっと拳を握ると、

「桜子パーンチ!」

 緊迫した空気にそぐわない叫びとともに、鉄拳制裁、少女の拳を浴びた人狼は吹っ飛び、壁を突き破り、路地裏へと消えた。


 唖然とする遼太郎とユマの目の前で、桜子は背中に手を回し、
「いたっ」
ズッ……とナイフを引き抜いた。床にポタポタと鮮血が花を咲かせる。
「だ……大丈夫なのか、桜子……?」
そんなわけはないと思う遼太郎に向かって、
「いやー、痛かったし、死ぬかと思ったよ」

(いやいや、普通死ぬだろ!)

 ユマが見る限り……いや、誰がどう見ても完全に致命傷だった。というか、あの位置心臓だぞ。即死してないとおかしいだろ。


「でもお前、血がそんなに……それに胸に穴が……」
「うん。けど、穴刺されて血が出るとか、女の子にはロストバージンがあるし、たぶんそれよりは痛くないよ」
「言っていいことと悪いことがありますよ、桜子さん」

 何か、ギャグにしてしまってる遼太郎と桜子を見つつ、ユマは困惑する。
(桜子ちゃんの、【スキル:すきなひとのためならなんでもできる】……)

 その“なんでも”が“死の概念”さえも覆してしまうレベルだとは。何というチートスキル。許されるのか、そこまでの現実改編が……?
「そんなの、アリなのかよ……」


「るああ。アリなワケねーだろ」



 **********

 三人のいる部屋に、不意に少女の声がした。

 その声を聞いた途端、人狼さえ顔色ひとつ変えずに切り倒すユマが、ギクリとして辺りを見回した。桜子もきょろきょろしたが、声の主の姿はない。


 と、桜子の足元、血の垂れた床にふっと黒い影、否、闇が円を描いた。桜子が慌てて後ずさると、闇から湧き出すように、人影が姿を現す。
「ルシウ……」
ユマが呻くように呼んだ相手は、桜子と変わりない年恰好の少女だった。

 ルシウと呼ばれた少女は、桜子に向かってにっと白い歯を見せて笑った。
「るああ。此花桜子……」


「世界管理局から、幾つかの勧告とお知らせがあるよ」


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