【改訂版】CEOは溺愛妻を杜に隠してる
 しないわけがない。

 私みたいな不器用な女に遊びで手を出すほど、彼はチャラくない。
 誠実だって思える人に真摯に口説かれたら、私だってトキメクよ。

 私だって、女だもん。

「ちなみに、ひかるちゃんは隠岐さんのこと、名前で呼んでるのね?」

「あ!」

 バレてしまった。
 恥ずかしいから、他の人の前では苗字で呼ぶようにしてたのに。

『隠岐さん』と呼びかけたら、彼に抱き寄せられてしまった。

『は、離してください!』

 抵抗すればするほど、囲い込まれる。

『苗字ではなく、俺の名前を呼ばないと離さない』

 艶のある声が耳元でささやく。
 彼から流れてくる息が、熱い。

『無理ですっ』
『だったら、このままだな』

 ますます強く抱きしめられてしまう。
 なのに嫌いじゃない。

 穏やかな低い声。
 トクトクいう心臓。
 分厚い体。
 逞しい腕。
 さわやかなグリーンノートの匂い。
 強引なくせ、私の髪を優しい手つきで撫ぜる。

 安心して、心も体も委ねてしまいそうになる。

『隠岐さん……、』

 だめ。
 この腕の中にずっといたいと思わないうちに離れないと。

『ペナルティだ。ひかるが俺を苗字で呼ぶごとにキスしようかな』

 固まってしまった。

『クイズ。ひかる、俺のことを今日までで何回苗字で呼んだ?』

 頭のてっぺんで獰猛にささやかれた。

『今までのぶんで頬や手のひら、唇やうなじ。鎖骨に背中。全身くまなくキス出来そうだな』

 勘弁してっ!

『〜〜っ、も、護孝さん!』
『よく出来ました』

 呼んだ途端、彼はパッと手を離してくれた。
 ……寂しいなんて、気のせい。

 その後。
 うっかり苗字で読んでしまってはキスをされてしまったので、私は彼のことを名前で呼ぶようになった。

 ……『護孝さん』と呼べば嬉しそうな男を見るたび、多幸感としか呼べない感情が湧き上がるのに、気づかないフリをして。
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