【改訂版】CEOは溺愛妻を杜に隠してる
 窓辺のロッキングチェアに座って、銀髪を片側で三つ編みにした女性はたおやかで、今でも外国の姫君として通りそうだった。

「いらっしゃい、貴女がひかるさんね」

 おっとりと笑いかけてくださる。

「彼女がお祖母様の庭を再生してくれるんです。ひかるに、庭の写真を見せてもらえませんか」

 護孝さんが再生しようとしているお祖母様の庭。
 『エスターク隠岐の杜庭園ホテルプロジェクト』の中核をなす土地は、徹底的に切り売りされてしまった。

 一部は宅地、一部は道路。
 庭の中にあった別宅はすんでのところで売却を阻止出来たものの、庭園だった面影はまったく残ってないという。

 環境保全を兼ねてお祖母様の庭を取り戻すことを決意した護孝さんは、衛星写真や昔の地図、当時を知る人から庭の姿をよみがえらせようとしていた。

 が。
 どうしても、ある一画だけ資料が出てこない。
 お祖母様がくすりと笑う。

「一番奥まったところなの。そこでよく、あの人とお話したのよ」

 あの人とは、護孝さんのお祖父様であり彼女の夫を指すのだろう。
 お祖母様は自分の胸を指し示した。

「思い出はここにある。新進気鋭の造園師さんに過去をなぞらせるなんて、可哀想。ひかるさん、貴女の好きにデザインしてよろしいのよ」

 お祖母様の諦めたような寂しい笑みに、私は思わず彼女の足元にひざまづいた。

「始まりはお祖母様とお祖父様の思い出かもしれません。でも、樹木は育っていくんです。私はお祖母様と一緒に、庭が変わっていくのを見守りたいんです」


 葛藤はある。
 過去を再生することは、自分が生み出した庭とは言い切れない。

 私が一から百まで設計出来たら、どんなにか素晴らしいだろう。

 ……その陰で、私が設計した庭について彼のお祖母様は『違う』と思いながら過ごされることになるのだ。
 
 一方。
 再生なったとしても、夫と過ごした庭がこれから変貌していくのを見続けるのは。
 自分だけの刻が流れている事実を、お祖母様に突きつけるだけではないのか。 

 勿論、御物の古代裂を修復したように、過去の製法・技術・意匠を探るのは未来に『継承』という贈り物をすることでもある。

 私は唾を飲み込んだ。

「刻が流れるのは、残酷であると同時に祝福でもあると思うんです。お祖母様、護孝さんのお父様や護孝さんが育っていくさまをご覧になるのは、喜びではありませんでしたか」

 お祖母様は目を細めて私をご覧になった。

「貴女は強くて優しいのね。ひかるさんの造りあげる庭が見えるようだわ」

 お祖母様は、護孝さんに本棚から文箱を取るように指示した。

 蓋を開けてみると、庭のあらゆる場所を写しとった写真がぎっしり詰まっている。
 護孝さんはお祖母様に断り、文箱を借り受けた。
 部屋の隅に控えていた慎吾さんに、文箱ごと渡した。

「解像室で解析にあたってくれ。この写真は祖母の宝物だ。損なわないよう、最新の注意を払ってくれ」

「わかりました」

 二人が白い手袋をしているのに、私は初めて気がついた。
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