【改訂版】CEOは溺愛妻を杜に隠してる
 ……多賀見の庭の後任はフランス人の女性、ダニエル・ジュファさんになりそうだった。
 なんと、TOKAIヒルズガーデンのデザイナー、アンディ・ミレン氏のお弟子さん。

 お父様が駐日大使だった関係で日本にも住んでいたことがあるそう。
 日本が好きで、日本語もペラペラ。
 ほ。
 多賀見の人間は英語とドイツ語はイケる口……なのに私は日本語しか出来ない。

 お祖母様のことだからダニエルさんにフランス語を習いそう。

「『ジュファ』ってのはフランス語で森林地帯って意味でな!」

 父が大興奮していた。
 ちなみに十ヶ国語くらいならなんとか話せる。
 森のクマさん、そう見えないけれど、インテリジェンス。

 ううう、肩身が狭いぃ。


 ……ダニエルさんにはご家庭があって、旦那さんはアメリカ人。
 超遠距離恋愛になりそうだったが、世界的薬剤メーカーに勤めている研究者の旦那さんが奥さんについてこられるそう。
 多賀見製薬に出向的する見通しだ。
 
 しかし、選定は秘密だったはずなのに、応募が殺到したそうだ。
『技量及ばずはわかってますが、せめて幻の庭を見学させてほしい』との要望も少なくなかったとか。

「あれはもはや懇願だな」
 
 選定にあたった伯父様や父、護孝さんに慎吾さんがゲンナリしていた。


 そんなこんなはあったけど、私も【隠岐の杜庭園ホテルプロジェクト】に参加しはじめた。

 手始めとして、測量や現存している航空写真、また現在の衛星写真から、お祖母様の庭の形や規模が割り出された。
 
 拡大した地図に敷地全体が斜線でマーキングされた。
 いろいろな写真を突き合わせ、庭のどこの箇所を撮影されたかを推察されていき、庭園図に書き込んでいく。

 私は地質や周囲の気象・樹木分布図から、庭園に植える樹木を選定していく。

 巨木名木である必要はないが、苗木であると完成までにそれこそ数十年を要してしまう。
 ある程度育っていて、庭園の体裁を整えられる木を探して歩いた。

「ひかる、疲れたろう。一休みしないか」

 目の前にロイヤルミルクティが置かれた。

「ありがとうございます」

 私は護孝さんにお礼を言う。
 プロジェクトのオフィスをなんと、エスタークホテルの旗艦ビル、通称『本館』のCEO室に作って貰っている。

 数多の政財界人が密談に訪れたという部屋だ。

 最初、チキンな私はめっそうもないと首を横に振った。
 が、護孝さんは強硬に『一緒のほうがメリットが大きい』と言う。
 私はギリギリまで多賀見で働きたい。

 私の意見に伯父様と父は万歳三唱したが、お祖母様に反対された。

『嫁ぐ者が安易に実家を頼るものではありません』

 しゅん。

『ひかるがまず頼らねばならないのは、護孝さんですよ』 

 ああ、そうか。

『そのかわり、護孝さんが頼りにならないと見切れば、即座に多賀見に駆け込みなさい。祖母が薙刀で追い払ってやりますからね』

 伯父様と父が大きくうなずき、護孝さんは真っ青になった。

 ……と、いう話がどこから漏れたのか。

 隠岐のご両親からも『我が家に事務所を構えたら』とのお申し出があった。

 ひええ。
 曰く
『お(かあ)様に庭のことを訊ねるのに便利だし』

 な、なるほど。
 確かにお義祖母様が一番楽しみになさっている。
 でもなぁ。

『ひかるさんの事務所は護孝のオフィスが一番ですよ』

 事務所問題に決着をつけてくれたのは秘書の慎吾さんだった。

『しばらくは多賀見のお庭の引き継ぎもあるでしょうし、隠岐のお祖母様に伺いにいくにも中間です』
 
 なるほど、という空気が満ちた。

『なにより、本プロジェクトは現エスタークホテルの根幹です。総合プロデューサーである護孝と庭園リーダーのひかるさんが近いほうが連携がとりやすい』

 さすが!
 ……『さんきゅ』というアイコンをしていた護孝さんと、『なんの』というハンドアップをしていた慎吾さんのことは、見ないフリ。
 
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