【改訂版】CEOは溺愛妻を杜に隠してる
 プロジェクトについての俺のスピーチと、婚約者であるひかるの紹介が滞りなく終わって歓談中に、慎吾が耳打ちしてきた。

 俺の一瞬するどくなった眼差しを見ただけで、両親そして多賀見家がなにごとかを察してくれた。
 さりげなくひかるを囲み、フォローに入ってくれる。
 感謝しながらパーティ会場を抜けた。

「隠岐の杜に硫酸がぶちまけられた」

 慎吾の抑えた声が事態の緊迫していることを示していたので、俺はなんとか声をあげずに耐えた。
 ――ひかるが悲しむ。
 とっさに思った。

「被害は」

 樹木を愛し愛されているような彼女を傷つけるような真似を、よくも。
 握りしめた拳がぎりぎりと音を立てる。

「入口近くの一角。ガソリン漏れもあるから避難指示が出た」

「犯人は」

 許さない。
 世界の果てまで、草の根かきわけても捕まえて後悔させてやる。

「既にガードマンが取り押さえ、警察に引き渡してる。……気持ちはわかるが、おさえろ」

 慎吾の口調が最後のほうがとりなすようだった。

 ち、と俺が舌打ちしたからだろう。
 よかったな、警察に手早く保護してもらえて。
 もっともお前の仮初めの平安は、俺が会いに行くまでだが。

「動機は」

 感情を抑えようとすれば、かえって無表情になる。
 慎吾がごくりと喉を動かした。

「……動機として、『隠岐家への恨み』と『三ツ森ひかるへの報復』だと」

「なんだと」

 叔父の単独犯ではないにせよ、まさかひかる絡みとは。
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