氷の貴公子は愛しい彼女を甘く囲い込む
 昨日ラウファルに聞いた話と重なった。

 未婚のままで出産することになった百合子だが、どんなに両親に詰め寄られても父親の名前を絶対に明かさなかった。
 実家から縁を切られた彼女は事情を知る親友、三笠沙織の実家である三笠家を頼り庇護下に置かれることになった。
 
「じゃあ、その時生まれた赤ちゃんが……」

「僕の母、夏海だ」

 出産後、三笠家の支援を受けながら、新しい暮らしを得た百合子はひとりで夏海を育て上げ、20歳になった娘に全てを話し、その1年後病に倒れ、亡くなった。
 
 百合子と夏海の事は三笠家でも知る人は会長始め親族のみという、トップシークレットになっている。「アラブの氷帝」の血を引く娘は引き続き、三笠の庇護下に置かれた。
 
「一方私は……彼女を忘れようと日本との連絡も一切絶ち脇目も振らず働いた。国の為に」
 不穏が続く国内情勢の安定化に奔走し、兄王の即位を後押しし、国の近代化を断行した。
 
 ラウファルが日本に自分の娘がいる事を知ったのは百合子が亡くなった後の事だった。
 源一郎が、一人になってしまった夏海を父親に会わせる決断をしたのだ。
 
 ラウファルの驚きは計り知れず、百合子が亡くなった事を嘆き悲しんだが、その分娘の夏海に愛情を注ごうとしたらしい。

『お母さんから聞いていたけど、20歳を超えて、いきなり現れたアラブ人のおじさんにパパだよって言われて激愛されても困惑しかなかったわ』と、今でも夏海は苦笑いしながら言うらしい。
 ラウファルには国の為に結婚した妻が3人居て、子供も孫も何人もいる。それぞれ大事にしているが、唯一心から愛した女性の子供である夏海への思いは強かったようだ。

 結婚相手も決められてしまいそうな予感に怯えて、夏海は当時付き合っていた間宮蓮司――海斗の父と大学を出てすぐに結婚した。

 幸いと言ったらラウファルは怒るが、アラブ人のクォーターの海斗は祖父の血を引いていることが分からない外見で生まれて来た。
 両親は息子が中学を卒業するまでは日本で暮らしていたが、バイオテクノロジーの研究の第一人者で、現在はカナダの大学で教授をしている父の都合で現在はトロントで暮らしている。
 
「海斗には私がふさわしい嫁を、と思っていたんだ」

「余計なお世話です――ただでさえ、僕の人生に口出しまくりではないですか」

 孫の海斗の優秀さを早々に把握したラウファルは、将来中東と日本の貿易に携わる仕事をさせようと三笠に彼を託し、海斗は高校生の頃から親元を離れて三笠の本家に出入りするようになった。
 元々三笠家に仕えていた城山はその優秀さを買われ、海斗専属となり公私ともに支えていく事になった。

 会長を始め、三笠の直系の人間は夏海や海斗の事をもはや自分たちの家族のように迎え入れてくれている。
 祖母の時代から続くそんな親密な関係から、海斗が源一郎の妾側の孫だと言う噂が出たのだろう。
 真実を隠すため彼らも敢えて否定しないでいたようだ。
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