氷の貴公子は愛しい彼女を甘く囲い込む
レジデンスの一夜
(オフィスビルのホテル階、VIPラウンジ、ショッピングモール屋上からの『ここ』……今日はベリーヒルズ内を大移動だな。あと残るは病院棟……でもお世話にはなりたくないなぁ……)

 綾は現実逃避中である。最近このパターンが多い気がする。
 
 プロポーズの後、しばらく綾を抱きしめて満足した(はずの)海斗に連れて来られたのがベリーヒルズにある高級低層レジデンスという高いのか低いのかよく分からない建物の……最上階だ。

 慣れた様子でエントランスを通り、コンシェルジュに綾を「今日からここに住む僕の婚約者だ」と紹介した海斗は専用エレベータで最上階のこの部屋へ綾を連れて来たのだ。

「さすが高級レジデンスのコンシェルジュは多少の事では動じないんですね……この状態で挨拶してもフツーに笑顔で対応してくれましたもん」
 綾はエントランスからずっと海斗に横抱きにされたままだ。慣れないヒールでヒルズ中を歩きまわった上、精神的にも色々疲れていたせいで躓いてしまったのがまずかった。
 すかさず海斗にお姫様抱っこをされ、そのままの移動になった。
 
「ここは元々は、じいさんの持ち物になっているんだけど、さっき連絡があって、結婚祝いにくれるそうだよ」
 
 一度綾を開放し、指紋認証で電子キーを解除しドアを開けながら海斗が何とも無しに言う。

 「へぇ~そうなんですか……って、えぇ!?」

「僕の為に購入していたらしくって、僕もたまに使ったりしてたんだけど、なんせ一人では広すぎてね、綾とふたりなら良いかもしれないな」

「いやいやいや、ふたりでも広すぎる気しかしませんが……」

 綾のアパートの一室が丸ごと入りそうなエントランスから見えるオートセンサーで照明がついた室内を見て腰が引けて動けない。

 全景は見えないが、いつかのスイートルームなんてものでは無い広さの、広大な空間が広がっている。
 
「綾は結婚しても仕事を続けたい?」

 海斗は唐突に話を変える。

「え?あ、はい。出来れば続けたいですが……いいですか?」
 
 今の仕事はやりがいがあるし、人間関係にも恵まれているので続けていきたいと思っている。海斗と結婚して働くのは不都合があるのだろうか。

「綾の好きなようにすればいい。ここなら、職場まで歩いてすぐだ。通いやすくていいだろう」

「……まあ、確かにそうですけど、ってさすがに流されませんよ」
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