御曹司、家政婦を溺愛する。


「西里さんから連絡、あったわよ。お客様からご指名があったんですって?」

バラの香りが漂う日当たりの良い庭先で、大きなパラソルの下で私は小田切家の静香夫人のためにローズティーを淹れていた。
白いガーデンテーブルには私が焼いたアップルパイがある。
「静香さん、急な配置換えで申し訳ありません。ご迷惑をおかけします」
と、ローズティーのガラスのカップを彼女の前に静かに置く。
静香夫人も「本当に急よねぇ」と呟いてローズティーを口にした。

小田切家のご主人は大手食品会社の重役で、奥様の静香夫人は毎日愛犬のチャコと一緒に、趣味のバラを育てながら過ごしている。
ご夫婦は子宝に恵まれず、ご主人は毎日落ち込む静香夫人のために、トイプードルの子犬をプレゼントした。それが茶色の毛並みを持つ「チャコ」だ。
チャコは静香夫人の膝の上で、気持ちよさそうに眠っている。
ローズティーを淹れた私に、「一緒に休憩しましょ」と椅子を勧めた。これはいつものことなので、私も「失礼します」と座らせてもらう。

「私たちの間でも、家政婦さんの話題があるのよ」
「えっ、そうなんですか」
少し気になると思いつつ、彼女の話に耳を傾ける。

静香夫人はフォークで器用にアップルパイを切り分けていく。
「ああ、鈴ちゃんは心配しなくていいのよ。「うちの家政婦さんはとても気が利くしっかり者なのよ」と、みんなに言っているから。家政婦さんのちょっとした失敗でガミガミ怒る人もいるけれど、彼女たちだって血の通った人間でしょ。私たちだって彼女たちの個性を踏まえて、ちゃんと話をする義務があると思うのよねぇ」

ふくよかな静香夫人が、小さな口を開けてアップルパイを食べる姿の背後に広がる後光が眩しい。

──これぞ、まさに雇い主の鏡だ。

家政婦にとって彼女のありがたい言葉に、私は感動して泣きそうだ。
< 4 / 83 >

この作品をシェア

pagetop