御曹司、家政婦を溺愛する。
オフィスビルの階段で、地味な普段着姿の佐藤がエレベーターホールにいた正装した人たちに尻込みしているのを見た時は、遠慮のない俺への対応と真逆で笑ってしまったが。
そんなギャップに乗せられて、つい「仕事をくれてやる」と言ってしまった。

佐藤はとにかくよく働く。家政婦は海外でいうメイドと変わらないと思っていたが、調べてみれば家政婦に関する資格があるということがわかる。家政士検定や収納検定、整理収納アドバイザーなどがあり、なかなか奥が深い職業だと思った。
佐藤を観察して思ったことは、仕事のスピードは速くないが、一つ一つの作業が丁寧だということ。そして、料理が美味いことだ。夕方には夕食が用意されていて、メニューのメモが置かれている。さすが家政婦だけあって、バランスに気を遣った料理だ。

佐藤との契約内容には、俺の昼食は入っていない。母が俺に早く出社させようと、わざとつけなかったのだ。
親父のやり方にまだ納得しない俺は、佐藤に昼食を作って欲しいと個人で契約をした。
土曜日と日曜日は佐藤は休みだからここにも来ない。月曜日が待ち遠しかった。

佐藤には入らないように言ってある部屋が二つある。一つは会社の書類などがある書斎、もう一つは納戸と呼んでいる部屋だ。防音効果を施してあるこの部屋は、実は黒いグランドピアノやクラシック音楽などが聞けるステレオが置いてある。昔ピアノを習っていた影響で揃えたものだ。
佐藤は覚えてないかもしれないが、俺に「ピアノを習ったことがある」と教えてくれたことがある。一度ピアノを処分しようかと思ったが、彼女を思い出してやめたのだ。

佐藤がここにいるのなら、いつか見せてやろうと思っている。

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