御曹司、家政婦を溺愛する。

──俺の許嫁が、佐藤だったら……。

俺の布団の中で寝息を立てる佐藤の汗で湿った首筋に、そっとキスを落とす。

高校の頃の、佐藤と話をした夢を見た。

「おお、佐藤。徒競走、一位おめでとう」
「ありがとう。必死だったよ」
「ご褒美にジュース奢ってやるよ」
「エヘヘッ、ありがとう」
あの時の佐藤の笑った顔がどうしようもなく可愛くて、抱きしめたい衝動に駆られた。


「佐藤、どうした?先生に何か言われたのか」
「……違うよ」
「どうして泣いてる?」
「……もう、大丈夫。心配かけてごめんね」
佐藤が学校に来なくなる前日のことだ。大粒の涙を流した理由を、俺がまだ知らなかった時だった。

キッチンで食事を作る彼女を見て、ホッとする。
佐藤鈴の周りに流れる空気の居心地の良さが気に入った。彼女に触れて癒されるなら、俺は勝手に作られた自分の未来を取り戻す努力が、またできそうな気がしてきた。
しかし会社に行くと決めたその夜、佐藤は帰ってしまった。

出社するようになり、佐藤とすれ違う生活が始まった。彼女が俺の部屋にいたとわかるのは、掃除された部屋と食事だけだ。
佐藤はここにいた。それだけで頑張れた。

この日、珍しく俺は忘れ物をした。会社の書類が入った封筒だ。関口に取ってきてもらおうとしたが彼も忙しいようで行けないと言い、電話をかけ始めた。

ん?ん?
話の内容を聞いて、あれ?と思った。
「関口、それ、誰だ?」
「誰って、家政婦の佐藤さんに決まってるでしょ」

俺はアイツの頭を思いっきりハリセンで叩いてやった。
「なんでお前が佐藤の番号を知ってるんだよっ!!」
俺は知らないのに。

関口がリモート会議に出ている間に佐藤が来たというので、久しぶりに会えると思い受付に行った。
しかし佐藤はいなかった。
美織が封筒を受け取り、帰らせたという。
「隼人さん、佐藤さんが家政婦って本当ですの?高校の時から彼女によく睨まれたのに、今だって「渡しておきます」と言っただけですごい顔で睨まれたのよ」
「睨まれた……?」
俺は半信半疑だ。
美織が俺の左腕に触れる。
「今夜、父が一緒に食事を、と言ってますの。二ヶ月後の婚約のことでお話したいそうよ。その前に、靴を買いたいから一緒に見に行ってくださる?」
「靴くらい、自分で買いに行けるだろ?」
すると、美織の瞳がスッと細くなった。

「わたし、見てましたの。あの大雨の中、傘をさしてずぶ濡れの佐藤さんのところへ走っていくのを。あの時は車の中からで、佐藤さんとわからなかったけど。借金まみれの彼女にあれだけの親切が出来るんですもの。許嫁の私に出来ないわけは、ないわよね?」
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