御曹司、家政婦を溺愛する。
眼鏡の彼は、名前を関口さんという。
「あの青い封筒の……」
「そうです。その節は失礼いたしました」
「いえっ。私こそ、すみません……」
車の中でそんな会話をして、ベリーヒルズビレッジのオフィスビルに到着する。正面玄関の前に車を止めて、私は関口さんにエスコートされて車から降りた。
その時だった。
「待ちなさいよっ!」
甲高い、大きな声で、私は顔を上げた。
そこには二人の警備員に囲まれながらも 、長い髪を振り乱してこちらに来ようとしている女性が。
「私は許嫁なのよ!小さい頃から一緒にいた許嫁なのよ!」
と、大河内美織は声を枯らして叫んだ。
関口さんは私を背中に隠すようにして、
「行きましょう」
と言い、オフィスビルの玄関へと歩いた。
「あんたもよ、関口!よくもやってくれたわね!おかげで父は責任を取って引退に追い込まれそうなのよっ。何とか言ったらどうなのよ!」
彼女にそう言われても、関口さんは無視して私を連れて行く。
背後で「キャアッ」と悲鳴が聞こえた。これには関口さんも振り返る。
大河内美織がナイフを手に、こちらを見ていた。
傍で警備員が手を押さえながら蹲っている。もう一人は少し離れて様子を見て構えていた。
「……チッ」
関口さんは私を背中に隠したまま、大河内美織と対峙するような形だ。
──どうしよう。
新堂隼人に連絡したいが番号が分からない。
「佐藤鈴、本当にあんたって女は……!」
大河内美織がナイフを振り上げて走ってきた。
──さ、刺される!
私は恐怖で目を閉じた。
……。
……あれ?
そっと見上げる。
大河内美織のナイフを持つ手は関口さんに押さえられて、彼女は動けないようだ。ナイフは地面に落ち、「カシャン」と音を立てた。
そして、私は誰かにスッポリと抱きしめられていた。
「大丈夫だ」
一番会いたい人の声だ。
「新堂くん」
新堂隼人の顔を見る。彼は私の手を握ると、
「行くぞ」
とエレベーターホールへ向かった。