タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から「破壊神」と怖れられています。

月だけが見ていた

(わたしには、精霊の声は聞こえない。出来るのは、この国を守る結界を張って維持すること……今までは散々、馬鹿にされてたけど。もしかして結構、貢献してきたとか?)
  
 ……そう、神殿に連れて来られた時、神官が交代で、数人がかりで結界を維持していたのを見た。
 アガタが結界の維持を手伝うようになってからは別室で、一人毎日黙々と結界を張り続けた。そもそも平民で、精霊の加護自体がよく解っていなかったので、出来損ないと言われたのを素直に信じていた。
 だが精霊の声が聞こえる二人が、あれだけ動揺するということは――この技術を、少なくとも神殿は失いたくないんだろう。

「だったら、今までの報酬を払って貰えますか?」
「えっ?」
「今までは、最低限の衣食住は保証されていましたけど……本来、国防を担っていたのにそれだけなのっておかしいですよね? だから今までと、これからの報酬を下さい。まずは今までの報酬を、今すぐ払って下さい」
「……これだから、平民はっ!」
「金の亡者なの!?」
「平民ですし、霞を食べては生きられませんから……でも、駄目なら仕方ないですね」

 大神官とマリーナは今までのように馬鹿にして、言うことを聞かせようとするが――今のアガタには、痛くも痒くもない。
 そして正直、頷かれるとは思ってなかったのでこれは単なる時間稼ぎだ。

(結界……壁が出来るんなら、精霊で乗り物を作ることも出来るんじゃないかな?)

 そう思っていたら、アガタの横に前世の物語で見たグリフォンが現れた。地面を走ったら遮られそうなので、空を飛ぶものを考えたらこうなった。

「愛し子様、お乗り下さい。私は、愛し子様に従います」
「え? 精霊? へぇ、こうすれば話せるのね……あ、交渉決裂なので失礼します」
「ま、待てっ……いえ、お待ち下さいっ」
「あなたがいなくなれば、結界が……この人でなしっ、破壊神ーっ!!」
「何だと、どういうことだ!?」
「大神官に、聖女……マリーナ! 説明しろっ」

 グリフォンの背に乗り、一応は気を使って窓と壁を壊して飛び去ると、パーティー会場は阿鼻叫喚となった。



「破壊神とか、言われてるけど?」
「あれは、愛し子様の力を恐れた下級の者達と、それを歪めて聞いた人間の戯言ですからお気になさらず。愛し子様は我々の声も、人の声も聞かずにただ、そのお心のままに」
「そう? ……うわぁ」

 グリフォンと話していたアガタは、パーティー会場から興味を失って顔を上げ――途端に、目に飛び込んできた満月に見惚れた。
 かつて、皆に馬鹿にされながらも結界を張り続けていた時。
 そして現世の両親を殺した盗賊達が立ち去り、神官達が迎えに来るまでの間も、月だけがアガタの心を慰めてくれた。

(もっと近くで、あの月を見たい)

 そうアガタが思った瞬間、彼女の願いに応えるように結界は消え失せて――夜空を高く高く上昇したグリフォンの背で、アガタは月光の眩しさと美しさに薄茶の瞳を細めた。
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