雨は君に降り注ぐ

 私は、一ノ瀬先輩のことを、愛してはいけない。
 一ノ瀬先輩の心の中には、私ではない、他の女性がいるから。

 私は、一ノ瀬先輩のことを、諦めなくてはいけない。
 こんな恋心なんて忘れた方が、私のためでも、先輩のためでもある。

 先輩への恋を、終わりにする。

 それは、とっても寂しい響きだった。
 それは、とっても悲しいことだった。

 …初恋だったんだけどな。

 私はそのことを、今目の前にいる親友に、伝えなければいけない。
 一ノ瀬先輩に彼女がいること、私が先輩への恋を諦めることを、理子に、言わなければ。

「理子、そのことなんだけど、…実は、」

 と、スマホの着信音が聞こえた。
 このメロディーは、私のスマホだ。

 ポケットからスマホを取り出し、液晶画面を確認する。

「え…?」

 そこには、確かに『父』と表示されていた。

 珍しい。
 と言うか、父から連絡をもらうのは、初めてかもしれない。

「出れば~?」

 理子に言われるがまま、私は父からの電話に出た。

「もしもし、お父さん?」
「ああ。結希、久しぶり。」

 懐かしい、父の声。

 それだけで涙が出そうになる。
 最近の私の涙腺は、どうかしている。

「どうしたの?お父さんからの連絡なんて、初めてじゃん。」
「結希、落ち着いて、落ち着いて聞けよ。」

 右耳から聞こえてくる父の声は、どこか弱弱しかった。
 嫌な予感は、していた。

「何?」

 しばらくの間を置いてから、父は言った。

美里(みさと)が……死んだんだ。」

 沈黙が流れた。

 私は黙っている。
 父も黙っている。

 隣にいる理子の不安そうな視線を、強く感じる。

 『美里』は、そういえば母の名前だったっけ。

 なんて、私はどういうわけか冷静に、まるで他人事のように、頭の隅の方でぼんやりと考えていた。
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