エチュード〜さよなら、青い鳥〜
ーーあれ?


涼はいっそ、耳を塞いでしまおうかとさえ思っていた。だが。


ーーこんなに繊細なタッチが出来るのか?


初音らしくない。深く心の奥に響くほどに、感情を揺さぶってくる。

先程の激しく情熱的な『マゼッパ』とは真逆。同じピアノで、同じピアニストが弾いているとは思えないほど、繊細な、どこまでも澄んだ、美しい音色。


ーーいつの間にこんな演奏が出来るようになったんだろう。


涼が全てを捨てて、もがいて足掻いて、それでもどうにもならずに絶望と諦めの日々を無為に過ごしていた間に、初音は…。


知らず、頬を涙が伝う。


打鍵によって生まれるピアノの音は、本来なら聴き手の中を駆け抜けて消えてしまう儚いものだ。だが、初音によって放たれた音は、涼の心に深く響き、いつまでも残っていく。

マーシャ・アルジェリーナとは違う。これは、初音のエチュードだ。
それは、切なさや哀しみの中にも希望が見えるようなエチュードだった。


その希望は、続いたエチュード10-4によって、燃えるような熱情へと昇華していく。


会場の惜しみない拍手に包まれて、初音は今日一番輝く笑顔を見せた…





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