エチュード〜さよなら、青い鳥〜

眠っていると思っていた四辻の声に、驚く。
肩に置かれた手の大きさと温もり。初音はゆっくりと視線を彼に向けた。


「今、無性に弾きたくなってしまいました。
こういう抒情的な曲は苦手なんですけれど」

「うん。わかる。でも、もっと聞かせて?次はショパンがいい」

「…ショパン」

ショパンの甘く美しい旋律が幾つか浮かぶ。

「月が綺麗だから、夜想曲(ノクターン)がいい。ベタだけど、ノクターン第二番。聞かせて」



ドラマやCMなどで耳にする機会も多い名曲。ショパンのノクターンと言えば誰もが一番最初に思い浮かべるだろう。
ピアノの詩人ショパンらしい、限りなく甘く繊細で、優しい美しい旋律が脳裏に浮かぶ。


「難しいな…」


呟きながらも、初音は書棚から楽譜を取り出し、ピアノの譜面台に広げた。それから、鍵盤にそっと指を置く。
ショパンの中でも、『別れのエチュード』や、『ノクターン第二番』のように、抒情的で甘い旋律の曲は上手く弾けたことがない。

でも。

湧き上がるこの熱い気持ちは、きっとトキメキと言うやつだ。
この気持ちを甘い旋律に込めれば、上手く弾けるのだろうか。


好きな人に気持ちを込めてピアノを弾きたい。聴いてもらいたい。そして、出来れば私の気持ちに気づいて欲しい。
そんな想いを込めてピアノを弾くのは初めてだった。


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