エチュード〜さよなら、青い鳥〜
社長の父で、アリオンの会長。アリオンに勤めていた時は、入社式でその姿を初めて見た以来、接点などまるでなかった会社のトップ。それが、まさかアリオンエンタープライズに出向してから名前まで覚えてもらい、一緒に初音のピアノを聴くことになるとは夢にも思ってなかった。

あの一次予選の日にピアノ談義で話が弾んだことを思い出しながら、四辻は電話の受話器を取り、短縮番号を押した。


おそらくは、会長秘書だろう。女性の声が出た。

「アリオン・エンタープライズの四辻と申します。丹下会長はいらっしゃいますか?」

電話の向こうの女性が息をのむのが、わかった。

「…涼?」

涼と下の名前で呼ばれて、四辻もハッとなる。

「この電話番号は、アリオン・エンタープライズの社長室からよね?どうしてあなたがその場所から、しかも会長に電話なんて…」
  
この声は間違いない。
わずか数ヶ月前は結婚まで考えていた、恋人だった女の声だ。
四辻の出向の話が出たのと同時期に、彼のそばから去っていった。アリオンの秘書課に勤務する、福岡陽菜(ふくおかひな)。

電話ごしの彼女の声で、四辻の中に色々な思いが蘇ってくる。


だが。


大きく息を吸い込みながら、溢れそうになる様々な感情も飲みこんだ。


「会長に電話をつないで下さい」

「…少々お待ちください」


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