魔女と王子は、二度目の人生で恋に落ちる。初恋の人を生き返らせて今度こそ幸せにします!
魔女と王子の新生活
 ウィル様が生き返って、約一か月が経った。毎日の鍛錬のおかげで、細かった身体にはほどよく筋肉がつき、毎朝素振りする剣は順調に重くなっていっている。

 すでに天井まで達していると思われたカッコよさが、さらに高まってしまったのは気のせいじゃない。
 これで冒険者になり、高ランカーになってしまったら女性たちが放っておかないだろうな。一抹の不安が胸に宿る。

「ハク、手合わせを願えるか」

「うん。よろしくね」

 二人が剣で打ち合うのを見ていると、力では圧倒的にハクが優勢だが、技でいうならウィル様だって負けていない。静かな聖樹の森に、キィンと剣がぶつかる高い音が何度も響く。

 私は身体に魔力を纏わせる身体強化を使って弓や杖を使うけれど、ウィル様は魔法を禁止されているから自力で剣を振るうしかない。
 慣れるまではだめだと、ハクはウィル様に魔法を教えなかった。

 とはいえ、独学で学んでしまったウィル様は、薪割りなら風魔法でできるようになっている。才能っておそろしい。

 毎朝薬草を取りに行くのも手伝ってくれて、一緒に魔法道具を作ることもあり、とても平和な日々を送っていた。これって理想的な暮らしなんじゃないかって思うほどに……



 私はというと、この一か月で二回商人ギルドに顔を出した。皆、私が修業を終えたことを喜んでくれて、「これで聖樹の森も世界も安泰ね」と言った。

 銀杖(ぎんじょう)の魔女には、この世界に住む人なら誰でも知っている役目がある。

 一年に一度、聖樹の森に雫があふれる”氾濫の日”に、魔法陣を描いて森を守るという使命だ。

 夏になると淡いグリーンに光る大粒の雫が森に溢れ、私が聖樹の根元に描いた魔法陣がそれらをすべて吸収する。

 神秘的で、見ている分にはとても美しい光景だけれど、雫が森から溢れると強すぎる魔力にあてられて人々が苦しんでしまうらしいから、銀杖(ぎんじょう)の魔女はこの世界になくてはならない。

私が立派な魔女になるということは、世界の平穏が保たれるということなのだ。

「あれ、そういえばリクアは?」

受付のお姉さんに、幼なじみの行方を尋ねる。

迷宮(ダンジョン)よ。しばらく家を空けるって言っていたわ」

「そっか。戻ってきたら、うちに顔を出してって伝えて?」

リクアは錬金術師で、冒険者として迷宮(ダンジョン)へ行くことはよくある。
素材は買うこともできるけれど、鮮度のいい素材を自分で狩りたいという錬金術師は稀にいて、彼はそのタイプだった。

私とは同じ年で、これまでずっと仲良くしてきた幼なじみ。
ウィル様のことを紹介したかったのに、留守だと聞いて残念に思う。

「じゃ、また来ますね~」

「は~い」

商人ギルドの面々手を振ると、私は聖樹の森へと帰った。


***


 平穏な日々を送って一か月。
 秋も深まってきたある日「そろそろ実戦がしたい」と言い出したウィル様のために、私たちは身体を慣らしに近くの洞窟に行くことにした。


 普段は聖樹の森からあまり出ないハクも、「心配だから」とついてきてくれることに。家を破壊した前科のある私たち二人を、野放しにはできないみたい。それに対して返す言葉はない。

「意外と近いんだな、迷宮(ダンジョン)って」

 ウィル様が驚いて目を瞠る。
 聖樹の森から少し離れた場所にあるここは、かつて迷宮だったものが枯れてただの洞窟になった廃迷宮(ロストダンジョン)。Dランク冒険者までの若者がたまにやってくるくらいで、ほとんど人がいない。

「活動している迷宮じゃないから、腕試しにはぴったりなんです」

 迷宮は、地下深くに魔核と呼ばれる不浄な魔力を放つ石があり、それが源になり魔物が湧くスポットだ。なぜ発生するのか、なぜ魔物が湧くのかは誰も知らない。

 世界中に迷宮はあり、その数は常に百。魔核を壊して迷宮を枯らしても、またどこかで迷宮ができてしまうから終わりは来ない。

 私たちが今いる洞窟は枯れた廃迷宮(ロストダンジョン)であるけれど、低レベルな魔物は出現するので、一般人にとっては危険な場所だ。

 私とウィル様、ハクがいればそこいらの高ランクパーティと変わらないレベルだから、日帰りでちょっと腕試しをというつもりでやってきた。

「荷物はそれだけ?」

 ウィル様が軽装の私を見て不思議そうな顔をする。
 でも私の軽装はいつものことだ。

「はい。このポシェットが、ログハウスの倉庫に繋がっているんです」

 私が下げている茶色い革のポシェットは、魔法道具である。
 転移魔法陣を応用したもので、家の倉庫と繋げているから、移動中も自由に倉庫の物を出し入れできるのだ。水も食糧も、着替えも、武器も、倉庫に入っている物は全部ポシェットから取り出せる。

 説明すると、ウィル様は「へぇ」と感心した。

「魔女はすごいな」

「でしょう?」

 うれしくなって頬が緩む。ハクはどんどん先に進み、私たちの会話は聞いていない。久しぶりの狩りだから、ハクは獣人の本能が疼いているんだろう。いつもは冷静なハクが、積極的に剣をふるっている。

「えっと、今日は十階層の迷宮を全部探索します」

「わかった」

 ウィル様は真剣な表情で前を向く。
 でもこのままでは、先をいくハクがどんどん魔物を狩ってしまって、ウィル様の訓練にならない。

「ユズリハは無茶しないで、絶対にケガのないように」

「……はい」

 そういえばまだ言っていない。私、多分ウィル様より強いってことを。
 何となく言いそびれた私は、ひんやりした洞窟の中をウィル様の後ろにくっついて歩いた。

 薄暗い洞窟は、ゴツゴツした岩肌の天井が三メートルくらいあり、ときおりコウモリが飛んでいく。これは普通の動物で、魔力を糧にしている魔物ではない。

「ユズリハは迷宮に入ったことは?」

「何度かは。でも深部にまでは行ったことがありません」

 私は目印として、魔法で練った光玉(ひかりだま)を置いていく。ウィル様が小型のガーゴイルやスケルトンは倒してくれるので、かなり手持ち無沙汰だ。

「ユズ、下がって」

「はい」

 私が少しでも前へ出ようとすると、ウィル様は眉を顰める。
 心配してくれているのはありがたいけれど、私はまたウィル様が冥界行きになったらと思うと気が気でない。

 そんな私の気持ちを察した彼は、少し振り返ってクスリと笑った。

「恩返しするまでは死ねないさ」

「それは……」

 タマゾンさんは、「恩返しって言うなら結婚してもらえば?」と軽く言っていたけれど、そんなこと言えるわけもなく。私は曖昧な笑みで返した。

 七階層までは何の問題もなく進み、そこでようやくハクに追いついた。

「ユズ、ここからはウィルにがんばってもらおう」

 大きな扉の前でハクはそう言った。どうやらこの中に、オークが巣を作っているらしい。

「オークにユズが見つかったら食べられちゃうかもしれないからねぇ。絶対に全部倒してね」

 ハクがさらりと恐ろしいことを言う。オークは獰猛で、女であれば種族を問わずに襲ってくるから恐ろしすぎる。まぁ、ウィル様が倒せなくても、私ならオークごとき風魔法でみじん切りにできるんだけれど。杖でも殴って倒せるけれど、それはウィル様に見られたくない。

「絶対にユズには指一本触れさせない」

「ウィル様……!」

 頼もしい言葉にキュンとなった。ハクはニコニコ笑っていて、その心は読めない。

「さぁ、扉を開けるよ!」

 ――ギィィィ……

 重い扉を開けると、中で食事中だったオークが七体。一斉にこちらを振り返った。
 ぎろりと鋭い目、豚のような顔で鼻息が荒い。二メートル級のオークが七体いるとは、廃迷宮と侮って突き進んだDランクパーティーなら壊滅しかねない状況だ。

 ウィル様は颯爽と前に出て、まずは一体に斬りかかる。

「ぐぎゃぁぁぁ!」

 私はウィル様のポケットが光っているのを見て、耐物理攻撃の魔法陣を描いた懐中時計が作動していることを確認する。

「なんか、圧倒的だね」

「そうね。ウィル様強い」

 ぼんやり見ているうちに、ものの数分で七体すべてが片付いてしまった。ハクはさっさと魔法のリュックの中にオークの肉を放り込んでいく。

 ――ドサッ……。

 最後の一体が地面に沈むと、私はパチパチと手を叩いてウィル様に近づいた。

「すごい!早かったですね!」

 私は一対一なら負けないし瞬殺できるけれど、乱戦はあまり得意ではないから、ウィル様は本当に強いと思った。私が強い肉体を作ったからというわけではなく、剣のセンスがあるんだろう。

「さすがに緊張した」

 振り返った笑ったウィル様は、ほっと息を吐きだした。魂期間を入れると二年ぶりの実戦。いくら腕に自信があっても緊張するのは仕方ない。

「これで今日はおいしい焼肉が食べられるね!」

 ハクはご満悦だった。そして私は気づいた。彼がオークが寄ってくるお香を焚いて待っていたことを……

「そろそろお肉が食べたかったんだよね」

 お料理男子のハクは、どうやらこのためにここに来たようだ。
 まさかウィル様の実践はついで?
 七体は集めすぎだろう、じとっとした目を向けるけれど、ハクは鼻歌交じりに先は進んだ。

「ユズリハ?」

 ウィル様が私のことを心配そうに見ている。

「怖かったか?俺の実践練習に付き合わせてすまないな」

 怖いです。ハクの食に対する強硬姿勢が怖いです。

「ウィル様、まだまだお肉が集まってきますけれどがんばってくださいね」

「あぁ、わかった」

 くしゃっと笑ったウィル様は、生き生きとした顔をしていた。
 長剣を握りなおすと、ハクの向かったさらに下の階層へとつながる階段を下りていく。

「ユズ」

「?」

 スッと左手を差し出され、私は意味がわからず小首を傾げた。

「危ないだろう、階段」

「え」

 洞窟内の階段はぬるっとしていて確かに滑る。でもこんな風に手を差し伸べられるなんて思ってもみなかった。
 左手に銀杖(ぎんじょう)を持ち替えて、ドキドキしながらウィル様の手に自分の右手を重ねる。

「この下には何がいるんだろうか?」

 私は今にも心臓が爆発しそうなくらいドキドキしているのに、ウィル様はすでに次の魔物のことを考えていた。ちょっと複雑だわ。私のこと、未だに子供だと思っているのでは。

 私の恋と違い、二人分の足音は順調に八階層に進んでいった。

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