魔女と王子は、二度目の人生で恋に落ちる。初恋の人を生き返らせて今度こそ幸せにします!
 初めての廃迷宮は何の問題もなく踏破でき、ウィル様は十分実戦で戦えるだろうとハクがお墨付きをくれた。

「これで冒険者登録ができるな」

 ハクの許可がないと冒険者になれないなんてルールはない。でもウィル様の、ハクへの信頼は厚かった。

「剣をどうにかしないとね。ミスリルソードでも作ろうか」

 刃こぼれしたウィル様の剣を見て、ハクは言った。持ち主のパワーに剣がついていっていない状態らしい。
 私の銀杖(ぎんじょう)はお手入れなしでもいつでもピカピカで、しかも折れない。でも普通の剣はそんなことはないので、ウィル様に合った武器を調達しようということになった。

 私たちは三人で街へ向かう。
 ウィル様と一緒に街に出るのはこれが初めてだ。

「ウィル様、私以外の女の人についていっちゃだめですよ?」

 思わずそう忠告すると、ウィル様はクツクツと笑った。そして、いたずらな目をして冗談を言う。

「それは妬いているのか?」

「っ!」

 指摘されると急に恥ずかしくなってしまう。
 歩きながら俯くと、ウィル様は笑いを堪えながら私の黒髪をポンポンと撫でた。

「この顔はこの国に向かないと、タマゾンさんが言っていたじゃないか」

 私とハクは思わず真顔になる。

「「鏡見た?」」

 勘違いは払しょくされていなかった。自分のかっこよさに気づいていないウィル様、残念……!

「いっそ覆面冒険者として、顔を見せずに生活するのはどうかなぁ?」

「ハク、それじゃあまりにかわいそうよ」

「俺の顔はそこまでひどいのか?」

 ウィル様が悲しそうな顔をした。だめだ、そんな顔もかわいい。
 これはもう仕方ない。実際に女性たちの反応を見てもらった方が、自分がいかに美形なのかわかるかもしれない。

「覚悟はしておいてくださいね」

「わかった」

 森を抜け、街に出ると道行く人が明らかにウィル様を見て唖然としていた。特に女性は皆「え!?」と驚きを露わにする。見たことのないレベルの美形が歩いてきたんだ、びっくりするだろうなと思う。

 ウィル様をちらりと見上げると、女性たちのことなんて目に入っておらず、楽しそうに周囲を見回していた。

「にぎやかな街だな。活気があって、きっといい国なんだろうな」

 行き交う荷馬車や人々、ウィル様にとって異国であるここは物珍しもので溢れている。楽しそうなのは何よりだけれど、あなたを見て女性たちが黄色い悲鳴を上げていますよ?

 冒険者ギルドまで歩いていくほんの十五分程度で、すでに遠巻きについてくる女性まで出てきていた。このままギルドまで行って大丈夫かな。一抹の不安がよぎる。

 だいたい、ハクもいるからさらに目立つんだよね。

 いかにも王子様っぽい品のあるウィル様と、ちょっと陰のある雰囲気があるハク。タイプが違う二人の美形と一緒に歩く私は、好奇の目にさらされる。

「なんなの……?美形を二人も連れて、魔女ってそんなに偉いの?」

「なんかおかしな薬でも盛ったのよ」

 ああ、すごく不名誉なことを囁かれている。これ、絶対に聞こえるように言っているよ。
 私はひそかに落ち込んだ。

 これまで街に馴染めるようにがんばってきたのに、美形を侍らせる魔女として悪評が立ってしまったようだ。これからまじめに生きていくことで、なんとか挽回しなくては……!



 冒険者ギルドに到着すると、ガヤガヤと騒がしい荒くれ者までがウィル様を見て絶句する。
 でもウィル様はそんなことを気にも留めず、受付のカウンターへズンズン進んでいった。

「登録をしたいのだが」

「はっ、はい!!」

 受付のお姉さんがぎょっとした顔で立ち上がる。バックヤードにいたスタッフも、扉の隙間からこちらをのぞいていた。

「ここに、お名前と職業、年齢、連絡先を記載してください」

「連絡先?」

「あ、ウィル様。それは銀杖(ぎんじょう)の魔女の家って書いておいてください」

 連絡先は、自宅か滞在先の宿の名前なんかを書くところだ。ウィル様はうちに住んでいるから、必然的にそうなる。

 さらさらと必要事項を記入したウィル様は、受付のお姉さんにそれを渡した。
 名前はウィル。職業は剣士となっている。

 ウィルグランと書かなかったのは、これから新しい環境で生きていこうという気持ちの表れなのか。何となく、聞くのは(はばか)られた。

 ウィル様はまったく泣き言なんて言わないし、つらい顔を見せようとしない。本当に納得できているんだろうか。そんなことをふと思う。

 顔を覗き込むと、菫色の瞳がちょっと淋し気に見えた。
 もしかすると、まだ心が追いついていないだけかもしれない。
 心配になり、カウンターで登録を待っているウィル様の手をぎゅっと握ってみた。

「……ユズリハ、どうした?」

「いえ、何も」

 その手が振り払われることはなく、少しだけ握り返されたことに安堵した。

「お待たせしました」

 お姉さんの声に、私は慌てて自分の手を引き抜く。
 ものの数分でウィル様の冒険者登録は終わり、情報の入ったプレートが発行された。

「こちら、無くさないでくださいね」

 お姉さんがそう言ってプレートを手渡すと、ウィル様は少し微笑んで「ありがとう」と言った。
 しまった、神々しい微笑みを見られてしまった。

「ありがとうございました!さよならっ!」

 私は慌ててウィル様の腕を取り、その場から引き離す。

「ユズ?」

 ウィル様は不思議そうに私を見る。でも私は、お姉さんがウィル様に恋しちゃったら困るので、急いでこの場から遠ざけたかった。
 それに、まだやることは終わっていない。

「さっそくですが、ギルドの昇級試験を受けましょう!」

 最初はFランクからのスタートになるけれど、ギルドマスターや幹部と戦う昇級試験を受けると、Cランクまでジャンプアップできるのだ。
 さすがにウィル様がFランクっていうことはないと思うので、私とハクは試験を受けさせようと事前に決めていた。

 すぐに二階のカウンターに移動し、そこで試昇級験の申し込みを行う。
 今日は運よくギルドマスターがいたので、筋骨隆々のマスターに試験をお願いした。

「あはははは!よく来たな!ユズリハも試験を受けないか?」

「冗談はやめてくださいよ。私はDランクでいいんです」

 私は冒険者ではなく生産者。商人ギルドで高位ランクなので、冒険者ギルドでランクを上げる必要はない。
 Dランクさえ取っておけば、登録が抹消されることはないからだ。Fだと一年間依頼を受けなければ抹消されてしまって、再登録は銀貨一枚がかかる。それに、再登録は二回までと決まっている。

「さて、ウィルといったか。どれほどの腕前か見せてもらおう」

 広めの闘技場に向かい、マスターとウィル様は互いの剣を抜いた。

 試験の内容は、一対一の模擬戦。ケガをしても無料で治してもらえるが、回復薬(ポーション)での治療のみと定められているので、できれば大きなケガはしないで欲しい。

「無茶しないでね~、がんばれ~」

 ハクが呑気に手を振ってウィル様を応援する。ハクは気功術で多少の治療はできるが、私は回復系の魔法はあまり得意でなく、錬成術で回復薬を作る方が得意だ。
 ウィル様自身は回復魔法をまったく使えないから、戦闘中に回復は不可能。本当に無茶しないでもらいたい。

「ウィル様!応援してます!」

 私が叫ぶと、手を上げて返事をしてくれた。
 準備運動なんだろうか、ギルドマスターがごきごきと首を鳴らしていて怖い。

「さぁ、はじめるぞ!」

「はい!!」

 ウィル様の顔つきが一気に変わる。
 ドキドキしながら見守る私の前で、昇級試験が始まった。

 闘技場に響く剣の音。
 元Sランク冒険者のギルドマスターは強い。ウィル様は本気で斬りかかるけれど、マスターの顔には余裕がある。

「どうした?もっと本気でかかってこい!」

「くっ……!」

 おそらく経験値が違う。太刀筋も動きも読まれていて、ウィル様は苦戦を強いられていた。

 打ち合いは長い間続き、地面には汗がしたたり落ちる。

「ウィル様……!」

 ――キィンッ……。

 模擬戦用の剣が折れ、地面に突き刺さる。ウィル様の負けだ。

「ふむ。ムダのない動きはよかったぞ」

「あ、ありがとうございます」

 汗だくのウィル様に対し、マスターはまったく汗をかかずに軽くいなした感じだった。さすがは元S級、熟練度が違う。

「マスター!ウィル様はどうでした?」

 私が尋ねると、彼はニカッと笑ってくれた。

「大丈夫だ!これならCランクを与えてもいい」

「やったぁ!」

 思わず飛び跳ねて喜ぶと、ウィル様はほっと一息ついた。だがその表情は悔しそうで、またいつか再挑戦しそうだなと思った。

「ウィル様、また腕を磨いて再戦しましょう?」

「あぁ、そうする」

 しかしマスターは嫌そうな顔をした。

「いや、そういうのやってねぇから。これは昇級試験だから」

「ええ~、そんなこと言わずに」

 私がお願いしても、マスターは呆れて笑うだけ。どうやら本気でやりたくないらしい。

「俺はもう引退したんだよ。そういうのはシェルダを当たってくれ」

 シェルダは現役のS級冒険者の剣士で、リクアがよく一緒に組んでいるパーティのひとり。後進の育成も好きな面倒見のいいタイプのお兄さんで、自由気ままな冒険者が多い中でちょっと変わった存在だと一目置かれている。

「今日、迷宮から帰ってくるはずだぜ?そろそろ三階で報告に来てるんじゃないか」

 そういえば、シェルダさんと一緒にリクアもいるはず。これはウィル様の紹介も兼ねて、挨拶をしておかねば。

 私はウィル様とハクを連れて、成果報告を行うカウンターがある三階へと移動した。

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