魔女と王子は、二度目の人生で恋に落ちる。初恋の人を生き返らせて今度こそ幸せにします!
恋はゆっくりと
 リクアがウィル様に剣を習い始めて二週間。
 この日、私は初めてウィル様と二人で迷宮に潜っていた。すっかりウィル様に懐いてしまったリクアは、錬金術士の仕事に出かけているのでここにはいない。

「ホワイトスライムと虹色草、いっぱいあるといいんですけれど」

「そうだな。鮮度がいい方が、薬づくりも(はかど)るのか?」

「ええ、他の素材とのなじみがよくなりますから。それに香りもいいです」

 近頃は深層部の魔物が中層階にまで来てしまっていて、採取の依頼を受けてくれる冒険者が少なくなっている。強い魔物を倒せる人は採取なんてしないし、でも実力のない人は採取する余裕がない。悪循環である。

 そういうわけで私は自ら素材採取に乗り出したんだけれど、ウィル様が一緒に行ってくれることになったのだ。

「一緒に出かけられてうれしいです」

 最近、鍛錬とはいえリクアにばかり構っていて淋しかったのだ。つい頬が緩む。

「まずは二十五階層を目指そうか」

 中層階であまり冒険者がいないエリアが、鍾乳洞みたいな岩だらけの二十五階層。ここは地下水が豊富なので、様々な薬草が採れる。薬師や魔女にとっては、ありがたい階層だ。

 途中、獰猛な水トカゲや吸血コウモリに遭遇したけれど、ウィル様が難なく片付けてくれた。ハクが武器屋に依頼した長剣は切れ味がとても鋭く、ウィル様の手になじんでいる。

 周囲の魔力を探知しながらウィル様の戦いっぷりに見惚れていると、少し前からずっと私たちの後を尾行している三つの魔力を私は感知した。

 同じ方向に進んでいるだけ、とも思えなくないけれど、様子を見た限りでは多分つけられている。

 どうしようかな。
 魔法で気配を遮断して撒くこともできるけれど、相手の目的がわからないからなぁ。

 考え込んでいると、ウィル様も彼らに気づいたようで、ちらりと私に視線を投げた。

「「……」」

 私は目だけで「どうしましょう?」と尋ねる。
 するとウィル様、優しく笑って剣を鞘に仕舞った。

 え!?まさかいきなり話しかけるつもりですか!?
 ウィル様は振り返ると私の脇を通り過ぎ、彼らが隠れている方へと向かった。

「何か用事でも?」

 突然声をかけてきたウィル様に、私たちを尾行していた者は驚いた顔をした。どうやら冒険者だと思われる。身なりはあまりよくなく、彼らの厳つい顔と屈強な体つきはどう見てもいい人には見えない。

 そしてその予想は当たり、正面から声をかけたウィル様に向けて、男の一人がいきなり剣を振り下ろしてきた。

――キィンッ!!

「こんな挨拶をされる筋合いはない」

 長剣で男の剣を受け止めたウィル様は、一気に声が低くなる。先に攻撃してきたのは向こうだから、今この場でウィル様が彼を斬ってもギルドの懲罰は受けることはない。

 ウィル様を攻撃したスキンヘッドの男が、ニヤリと笑って言った。

「そこの娘を寄越せば見逃してやる。腕は立つようだが、三対一は分が悪いだろ?」

 素行不良も(はなはだ)だしい。
 私は思わず眉根を寄せた。こんな人がいるから、冒険者は柄が悪いとか乱暴者ばかりだとか言われるんだ。

「断る、と言ったら?」

 ウィル様から怒りのオーラが出ている。が、男たちはまったく怯まずに下卑た笑みを浮かべていた。

「そりゃ、ここで死ぬことになるなぁ?こんなところにデート気分で来る方が悪いんだよ」

 その人の言葉に、私は絶句した。


 え、今日ってもしかして……2回目のデートだったの!?



 しまった、私ったらいつもの服で来てしまった。とりあえず、ウィル様に気づかれないようにローブについた血を浄化魔法できれいにする。
 あぁ、もっとかわいい服で来ればよかった。自分の迂闊を震えるほど呪った。

「そんなに怖がらなくてもいいさ、俺たちは紳士だからな」

 そう言ってひとりが私に近づく。いやいや、どこに紳士がいるのよ。

 私は銀杖を構えてその腹に一撃を入れてやろうかと思ったけれど、ウィル様はその男を見もせずにナイフを投げた。

――シュッ……。

 男の頬から、ツーッと赤い血が滴る。ナイフが頬の中心を掠め、地面に転がった。
 ハクだったら絶対に急所に刺してるけれど、ウィル様は穏健派だからなぁ。

 私がそんなことを考えているうちに、ウィル様は目の前の二人を剣で横薙ぎにし、彼らは壁に激突して意識を失った。
 あっけない。一撃でダウンするほど弱いのに、ウィル様に絡んだの!?
 実力差がありすぎる。

 さて、残るはひとり。振り返ったウィル様を見て、男が怯えた顔になった。

 あ、ごめんなさい。ウィル様、全然穏健派じゃなかった!目がすごく怒ってる!

「ユズリハに手を出そうとして、無事でいられると思うな……!」

 見たことない形相だった。
 私までビクッと肩を震わせる。

 しかし男はカクカクと小刻みに揺れながら、私の方を何か確認するかのように見つめた。

「ユ、ユズリハって、まさか……銀杖(ぎんじょう)の……?」

「えーっと、そうですね」

 私はにっこりと笑ってみた。この街では有名人ですからね。その実力はもちろん、私に何かしたら世界が亡びるから。取り扱い注意な魔女なのだ。

「ぎゃぁぁぁ!!!」

 え、ちょっと待って!?何でお怒りのウィル様を見たときより、私を怖がってるの!?反応が失礼すぎる!ものすごく心外だわ!

「たっ……助けてくれぇぇぇ!殺されるー!」

 失礼な。そちらさんと違って、無抵抗の人間に危害を加えようとしたりしないよ。
 逃げようとして尻餅をついた男の頭に、ウィル様の剣が振り下ろされた。

――ガンッ!

 でも大丈夫。剣は鞘に入れたままだったので、鈍い音がしてすべてが終わった。彼はあっさりと意識を失い、白目をむいて気絶している。

回収(コレクト)

 三人は魔力で編んだ縄を使って縛り上げて、商業ギルドの牢屋にある魔法陣へ転送しておいた。実はたまにこういうおかしな輩は発生するので、祖母の代からギルドに直送することになっている。
 生きたまま産地直送の悪人は、治安維持に一役買ったということでそれなりの報奨金がもらえるのだ。

 転送が終わると、ウィル様は私に声をかけた。

「大丈夫か?」

「はい!……でも、とんでもないことに気づきました」

 ウィル様は不思議そうな顔をした。地下から吹く風により、紺色の髪がふわりと揺れる。

「今日、二回目のデートなのに私ったらかわいい服も着てないし、髪型もいつもと同じだし……!」

 しょぼんと落ち込んでしまう。そんな私を見て、ウィル様は苦笑いした。

「一回目が冥界で、二回目が迷宮?もっとマシなところに連れて行ってやりたいよ」

「それなら、今度は街でデートしましょう?どこでもいいから、ウィル様と一緒におでかけしたいです!」

 笑って言うと、彼もふっと笑ってくれた。

「わかった。次の休みは一緒に出かけよう」

 微笑み合う私たちは、なんかすごく恋人同士っぽい雰囲気だと思う。そう、雰囲気だけは。

「約束ね?」

「あぁ」

 両手を重ね、私はねだるように約束を取りつける。
 でも、こんな時に限ってウィル様の真後ろを雷鳥が飛んで行くのが目に入った。

「はっ!!ウィル様、雷鳥です!あれ、ハクの大好物なんです!!」

「そうか、それは獲って帰らないと」

 銀杖に魔力を込めて、飛んでいる雷鳥を水の膜で包む。これが確実に、素材を傷めず取る方法なのだ。雷鳥は水の膜の中で、自らが放った電撃により感電死した。

「やりました!」

 喜ぶ私を見て、ウィル様は愛おしげに目を細めた。

「案外、迷宮(ここ)でもいいのかもな」

「え」

「冗談だよ」

  あやうくデートが毎回迷宮になってしまうところだった。ウィル様がいればどこでもいいけれど、よく見かける恋人同士みたいに街を歩いてみたい。

 ホッと胸をなでおろした私に、ウィル様は言った。

「ユズがいれば、俺はどこでもいいよ」

「えっ」

 ウィル様からそんな言葉が聞けると思っていなかった私は、あやうく銀杖(ぎんじょう)を落とすところだった。

「顔が赤い」

「それは言わないでください……!」

 菫色の瞳がからかうように見つめてくる。
 心臓がバクバク鳴り始め、私は慌ててウィル様から顔をそむけた。
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