魔女と王子は、二度目の人生で恋に落ちる。初恋の人を生き返らせて今度こそ幸せにします!
 その年の暮れが迫った頃。今日、ウィル様はタマゾンさんの商会へお手伝いに行っている。
 私は巻物(スクロール)づくりや魔導書の翻訳を行うと、ハクと一緒に果物を獲りに聖樹の森へ出た。

「そろそろだねぇ」

 りんごをもぎ取ったハクが、ふいにそんなことを言う。

「そろそろよね~」

 私も同じ言葉を返した。もうすぐ、年に一度のゼーレアーム祭の日がやってくるのだ。

「ウィルもユズも、家にいてね?ミートパイは僕が屋台でもらってきてあげるから」

「わかった」

 ゼーレアーム祭は、月が欠けて冥界への道が作られる日と言われている。実際に、彷徨っている魂が冥界へ昇る日なんだけれど、ウィル様はまだ魂と肉体が完全に定着していないから、万が一ということもある。

 聖樹の森はすべての(ことわり)から独立した聖域で、ここだけは安全な場所なのだ。

「ウィルには僕から話しておくよ」

「うん、ありがとう」

 籠いっぱいに収穫したりんごを持って、私たちはログハウスへと戻っていった。

***

 三日後、ゼーレアーム祭りの日はやってきた。私は朝から書庫の整理をして、ウィル様やハクと家の中を飾りつけしてお祭り気分を楽しむことに。

「俺のことはいいから、ハクと二人で楽しんできていいんだぞ?」

 ウィル様はそんなことを言う。でも私は、聖樹の森から出る気はない。

「いいんです。行くときはウィル様も一緒がいいんです」

 そう言って笑うと、ウィル様も笑ってくれた。

 夕食はちょっと早めに、ハクが買ってきてくれたパイをみんなで食べた。特別な日なので、気分だけでもと桃のお酒もいただいた。この国では十五歳からお酒が飲めるけれど、ウィル様の故郷では十八歳からしかお酒が呑めないそうで、私はあやうくウィル様に没収されてしまうところだった。

「大丈夫だよ。これはほとんど酒精は入っていない」

 ハクも笑ってそう言ってくれて、どうにかウィル様は納得してくれた。
 東の国では一切お酒は禁止だというし、国によってルールは違うんだなぁと実感する。

 楽しい時間を過ごした私は、午前中に書庫の片付けが終わらなかったことを思い出して再び二階へ上がった。

 祖母の残した魔法陣の記録がたくさん見つかったのだ。今のうちに整理しておかなくては、うっかり失くしたらもったいない。

 ワンピースの裾に埃がつくのも構わず、せっせと本を移動させていると、ウィル様がやってきた。

「ユズ、手伝おうか」

「ありがとうウィル様」

 危険なものは……多分ない。そう、多分。
 ウィル様は平積みにされた本を手にして、私が指定した本棚にそれを入れていく。

「すごいな、この量。こっちは呪術か」

 祖母の残した本の中には、人にあまり見せられないような呪術の本もある。

「そうですね。祖母は偉大な魔女としていいこともしましたが、わりと呪い方面も精通しておりまして」

「ベルガモット様がそんなものを」

「ええ、気分で人を呪うようなところがありまして、一時期は『こんにちは』みたいに挨拶感覚で人を呪っていました」

「どんな魔女だ、それは」

 本当のことだから仕方がない。
 祖母は迷宮が崩れるのを防いだり、疫病の薬を作ったり、名声も手にしたけれど悪名も高い魔女だった。
 今もどこで何をしているのやら、ちょっと心配である。

「ユズリハの母はどんな人だったんだ?俺が昔この森に来たときにはすでに他界したと聞いたような」

「ええ、そうです」

 十年前、ウィル様がこの森に来る少し前に母は亡くなった。

「どんな人と言われると……研究熱心で無口な人でした。ウィル様のお母様みたいに笑いかけてくれることもなければ、抱き締めてくれることもなく、淡々と日々を生きる人でした」

 思い出すのはいつも母の横顔。私とはっきり目を合わせてくれたことはあったかな。
 鏡の中に映る私の顔は間違いなく母に似ているけれど、それを懐かしいと思えるかというとちょっと複雑だった。

「薬や魔法の研究がすべてな人でしたから、私のことは銀杖(ぎんじょう)の魔女として跡継ぎだという認識しかなかったかもしれません」

 母が亡くなったのは、隣国の貴族に呼ばれて薬を作りに行ったときのこと。

「薬の効果が出ずに、依頼人の貴族は亡くなりました。それで、母は責任を取って……」

 わざと殺したんだろうと言いがかりをつけられて、母は捕まった。
 捕まる前に私だけ逃がそうと、母はタマゾンさんの荷馬車に私を乗せたのだ。

「それじゃあ、アリアドネ様は」

「はい。その貴族に処刑されました。でもその後、その貴族の横暴な振舞いが王家にバレて、一族郎党処分されたようです」

 母が私を逃がしたのは、愛情からか魔女の血を絶やさないための責任感か。今となってはその本心を知る手立てはない。

「あ……」

 そのとき、私はあの手帳の存在を思い出した。
 書庫にある机の引き出しにしまい込んだ手帳を取り出し、私はそれをじっと見つめる。

「それは?」

「ウィル様が天井を壊したときに落ちてきた手帳です。母の隠していた……」

 ウィル様も私のそばに来て、それを見つめる。

「読んだのか?」

「いえ、日記のような感じだとハクが言っていたので、見るのが怖くて」

 ずっと勇気が出なかった。

「怖いとは?」

 ウィル様が躊躇いがちに尋ねる。私に気を遣ってくれているんだろう。

「この中に何が書かれているのか、というよりも、日記なのに私のことがまったく書かれていなかったらどうしようって」

 母の意識の中に、私がまったくいなかったら。愛されていないことを実感するのが怖かったのだ。
 それに、私が覚えている母の態度からは、愛されていると思うには無理がある。

「俺はユズリハの母のことは知らないが、娘を愛していないなんてそんなことがあるんだろうか。もちろん、子を捨てる親がいるのも知っているが……」

「どうでしょうね。母はきびしい人でしたから、何事も完璧主義で……私は褒めてもらったことはありません。愛されていたかなんて、自信がなくて」

 心の内を吐露すると、自分がこんなに母に愛されたかったのだということに気づいた。
 ウィル様は私の肩に手を置いて、慰めるように言う。

「記憶は変わるものだ。自分が見たものがすべてではないかもしれない。ユズは信じたいものを信じればいい」

「信じたいものを……?」

 菫色の瞳は、とても優しくて甘えたくなってしまう。私は銀杖(ぎんじょう)の魔女だから、しっかりしないといけないのに。

「もうアリアドネ様はいない。だからどれほど考えても、実際に彼女がユズをどう思っていたか、どう見ていたかはわからないんだ。だったら、ユズはユズの信じたい母を信じればいいと俺は思う」

 小さい頃から何度も思っていた。
 もしも母が当然のように私を愛してくれて、優しい言葉をかけてくれたならどれほどよかっただろうと。

「記憶の改ざんですか?」

 思わずくすりと笑ってしまう。生きていくには合理的な方法だな、そう思った。
 ウィル様も目を細め、口元は弧を描く。

 今手の中にある手帳には、何が書かれているんだろう。急激に気になり始める。

「これ」

 私は手帳をぐっと握りしめると、それをウィル様に渡す。彼は不思議そうな顔をして、私を見下ろした。

ウィル様なら、許してくれるだろうか。こんな何でもない手帳すら開けない弱い私のことを。

「読んでください。自分では、読めそうにありません」

 ウィル様に手帳を押し付けると、彼はしばらく考えた後それを受け取った。

 そして、私の手を取って優しい目で提案する。

「一緒に読めばいい」

「え?」

 驚く私の手を引き、ウィル様は書庫を出て場所を移した。

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