きみが空を泳ぐいつかのその日まで
ふたり
薫風(くんぷう)っていうんだろ、こういう初夏の匂いがする風。
そういう気持ちいいものに吹かれて朝から寝られるなんて最高だ。

「久住君、重いです……」
「あー、だよね」

身長差、どんくらいだろ。
20センチ以上はあるはず。
そう思いながらも、運転手にもたれた。そう、いま俺は自転車の上、しかも後部席。
後ろ向いてんの。

ちっちゃい背中が、意外にもちゃんと俺を支えてくれてるから自分は後ろで優雅に船を漕いでいる。

昨日のことを思うと彼女がちゃんと駅で待ってるか、学校に来んのか、不安はあった。
でも来たからね。
わりと根性あるよね。

空が青い。雲が白い。
まぶしい。綺麗だ。
彼女が今日ちゃんと来てくれてよかったって安堵してる。

それにしてもさっきから前に進んでる気がしない。でもだからこその風速で髪をすくわれるのが心地いい。

「もう無理?」
「……が、んばる」
「じゃあ限界きたら起こして?」
「ほんとに寝るの?」

女の子の自転車の後ろに乗るだなんて男としてあり得ない、ダサすぎると思っていたけれど背に腹は代えられない。
昨日の事故から一夜明けたけど、時間が経つほど身体は痛いし相変わらず眠いんだもん。

神崎さんすげー前傾になってんな。でもなかなかのリクライニング加減。
ふわりとシャンプーの匂い。
全然悪くない。

「久住君、寝た?」
「寝る。もう寝る。サイコー、らくちん、あざす」
「私もう、足が、ガクガクで」
「頑張るって今言ったばっかじゃん。弱音吐くの早いでしょ」

桜の花びらが、ふわりと目の前を横切った。

「もうすぐ、正門前だし」
「それが?」
「みんなに、見られるよ」

それはまぁ、確かに。

「で?」
「……恥ずかしくない?」
「神崎さんは恥ずかしいんだ?」
「誤解されるかも、いろいろ」
「誤解?」

確かに俺が神崎さんをパシらせてる風ではある。

「うん。久住君は、目立つし」
「そーいうの気にすんだ?」
「……うん」

俺は他人の目なんてたいして気にならない方だけど、ツレの神崎さんが嫌がってるのならその気持ちを尊重することは、きっと大事なんだろう。
そんなふうに少し考えてから、降りる。と返事した。
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