きみが空を泳ぐいつかのその日まで
書斎を出て、何もかもが腑に落ちないまま階段を上がろうとする俺を母さんが引き留めた。
「ほら、これ」
武骨に新しいスマホを押し付けられた。
喧嘩が原因で壊してしまったし、スマホは当分持たせてもらえないと思っていたのに。もしかしたら、おっさんの許可ももらっていないかもしれない。
「データね、理人みたいにしぶとく生きてたんだよ。ちゃんと清算しなさい、いろいろ」
「……どうせパシりに使うとき不便だからだろ」
「まぁそれもある」
可愛げのない言葉にも、ただ笑ってくれた。
「きっと意味があるんだよ」
「意味って?」
「あの子と理人が再会したことにはきっと意味があるって、パパがそう言ってた」
それならさっき聞いた。でもな、現実はそんな漫画みたいなわけにいかない。
あの日、スマホを砕かれたときに誓ったんだ。もう神崎さんの近くには行かないって。
そばにいると、たぶんお互いを傷つけるだけだって。
「あたし達が親子になれたことだって、ちゃんと意味があるって思う。理人がいなかったら雪人は生まれてないかもしれないし、あたしはお母さんにはなれなかったかもしれないんだよ」
「あぁ、あん時」
そういえば、エリにフラれてむしゃくしゃしていた俺は、こりゃもう日本を出なきゃやってられないと本気で思い、現金と詰め込めるだけのマンガを取って一生家には帰らないつもりで久しぶりに家に戻ってきたんだった。
でも玄関を開けたら、薫さんが腹を押さえて倒れてて、慌てて救急車を呼んだ。
切迫流産ってのをするところだったって、理人がいてくれてよかったって、周りからはちょっとしたヒーロー扱いだった。
「それ、いつの話だっけ」
「そんな昔の話じゃないでしょ」
「あの人の代わりに両親学級にいかされたもんな、全7授業を全クリする中学生がどこにいんだよ」
ついでにいうと、唐突にやってきたお産のあの日、立ち会うんだと張り切っていたくせにあの人は具合を悪くして途中退場してしまい、そこからなんでか俺が代打で立ち会う羽目になってしまった。
痛みに荒れ狂う母さんは野獣のようだったし、その出産にただの中坊だった俺が出来ることなんて何もない。
俺はただその檻の中に放り込まれてオロオロしていただけなんだけど、なんとか無事にユキが産まれてきて、産声を聞いたときは泣いた。めちゃめちゃ泣いた。
まわりにドン引きされ、呆れられ、笑われても涙を止めることができなかった。
中学最後の冬、あれは俺の人生に起こった大革命だったんだ。
雪人があまりにも小さいのが心配で、こいつ未熟児じゃないの?って聞いたら、標準だと言われた。
頭なんか俺の片手のひらに余るサイズだし新生児用のオムツだってスッカスカなのにこれが普通なのかとびっくりした。
指や爪は精巧なミニチュアに見えるし、宙に浮いてる伸びないがにまたも不思議でしょうがなかった。
ちょっと引っ張ったらすげー怒られたから推定5センチの扁平足をくすぐってみたら、ちゃんとキックが返ってくるし。
浮腫んでまっかだった顔は日を追うごとに人間らしくなってきて、これが天使ってやつなのかと本気で思った。
地蔵みたいに表情の読めない顔して寝てたくせに、赤ん坊っておもしろいなって。
「ほら、これ」
武骨に新しいスマホを押し付けられた。
喧嘩が原因で壊してしまったし、スマホは当分持たせてもらえないと思っていたのに。もしかしたら、おっさんの許可ももらっていないかもしれない。
「データね、理人みたいにしぶとく生きてたんだよ。ちゃんと清算しなさい、いろいろ」
「……どうせパシりに使うとき不便だからだろ」
「まぁそれもある」
可愛げのない言葉にも、ただ笑ってくれた。
「きっと意味があるんだよ」
「意味って?」
「あの子と理人が再会したことにはきっと意味があるって、パパがそう言ってた」
それならさっき聞いた。でもな、現実はそんな漫画みたいなわけにいかない。
あの日、スマホを砕かれたときに誓ったんだ。もう神崎さんの近くには行かないって。
そばにいると、たぶんお互いを傷つけるだけだって。
「あたし達が親子になれたことだって、ちゃんと意味があるって思う。理人がいなかったら雪人は生まれてないかもしれないし、あたしはお母さんにはなれなかったかもしれないんだよ」
「あぁ、あん時」
そういえば、エリにフラれてむしゃくしゃしていた俺は、こりゃもう日本を出なきゃやってられないと本気で思い、現金と詰め込めるだけのマンガを取って一生家には帰らないつもりで久しぶりに家に戻ってきたんだった。
でも玄関を開けたら、薫さんが腹を押さえて倒れてて、慌てて救急車を呼んだ。
切迫流産ってのをするところだったって、理人がいてくれてよかったって、周りからはちょっとしたヒーロー扱いだった。
「それ、いつの話だっけ」
「そんな昔の話じゃないでしょ」
「あの人の代わりに両親学級にいかされたもんな、全7授業を全クリする中学生がどこにいんだよ」
ついでにいうと、唐突にやってきたお産のあの日、立ち会うんだと張り切っていたくせにあの人は具合を悪くして途中退場してしまい、そこからなんでか俺が代打で立ち会う羽目になってしまった。
痛みに荒れ狂う母さんは野獣のようだったし、その出産にただの中坊だった俺が出来ることなんて何もない。
俺はただその檻の中に放り込まれてオロオロしていただけなんだけど、なんとか無事にユキが産まれてきて、産声を聞いたときは泣いた。めちゃめちゃ泣いた。
まわりにドン引きされ、呆れられ、笑われても涙を止めることができなかった。
中学最後の冬、あれは俺の人生に起こった大革命だったんだ。
雪人があまりにも小さいのが心配で、こいつ未熟児じゃないの?って聞いたら、標準だと言われた。
頭なんか俺の片手のひらに余るサイズだし新生児用のオムツだってスッカスカなのにこれが普通なのかとびっくりした。
指や爪は精巧なミニチュアに見えるし、宙に浮いてる伸びないがにまたも不思議でしょうがなかった。
ちょっと引っ張ったらすげー怒られたから推定5センチの扁平足をくすぐってみたら、ちゃんとキックが返ってくるし。
浮腫んでまっかだった顔は日を追うごとに人間らしくなってきて、これが天使ってやつなのかと本気で思った。
地蔵みたいに表情の読めない顔して寝てたくせに、赤ん坊っておもしろいなって。