きみが空を泳ぐいつかのその日まで
まだ少しだけ痛む足で駅へと引き返し、ホームにいた電車に滑り込んだ。たいした距離じゃない、すぐにエリのところへ行けるはず。
濃いピンク色の雲が、車窓の向こうを流れていった。

各駅で電車は乗客を吐き出して、俺も4つ目でホームに降りた。

駅から公園はすぐそこ。
慌てなくていい。
それなのに、どこか落ち着かない。

急いで改札へ向かおうとしたとき名前を呼ばれた気がして振り向くと、行ってしまう電車の窓越しに、誰かが立ち尽くしているのがぼんやり見えた。

ホームのアナウンスや、電車や人々の行き交う影、喧騒という壁にその姿を度々見失う。

あわてて電話した。それなのに、電車が通過してしまうと急に視界が開けて、線路を挟んで俺とエリはあっさり対峙してしまった。

あんなに探していたのに、いざとなるとどこか気まずい。

まだ扱い慣れないスマホからエリの声が聞こえて、それに合わせて彼女の口が動いた。

「もしもし」
「なんでそこにいんの?」
「だって……」

泣き出しそうな顔。

「あっちの公園に行こうとした?」
「……うん」
「エリはせっかちなんだよ。そーやっていつもひとりで突っ走るから、俺いつもこんなんじゃん」
「ごめん」

確かにエリはまっすぐな女の子だった。
曲がったことが嫌いで、思い立ったら即行動。でも俺はそんな彼女を理解しようとしなかった。

彼女のことをわかろうとしていれば、今だってあの当時だってすれ違ったりしなかったのかもしれない。

スマホをしっかり耳に当て、どこか不安げに立ち尽くすエリは、俺の知らない制服を着てた。そのスカートの裾を揺らしているのは、もう夜の風だった。

あの頃より髪が伸びた。
髪色も変わった。
ゆるい巻き髪も揺れるピアスもよく似合ってる。

白い肌を引き立てるピンクのリップが、背伸びしているようにも、大人っぽくも見えた。

ついこの前、いきなり飛び付いてきたときは全然気づかなかったけど、離れたらこんなにもわかる。あいつが、もう俺の知らないエリだってことが。

「怪我、大丈夫なの?」
「こんなのしょっちゅうだったじゃん。覚えてんだろ?」
「うん」
「よく知ってる光景なら、つまり問題なし」
「……うん」

居心地の悪い、沈黙が流れる。

「あたし、つぼみにいっぱいやなことしたんだ」
「あぁ、噴水に突き飛ばしたこと?」
「……知ってんだ」
「うん。彼女から聞いたわけじゃないけど」

向こう側のエリが指先に触れてるスカートをそっと握りしめるのが見えた。

「他にも意地悪いっぱいしたから、ちゃんと謝ろうと思ってる」
「そっか」

エリは喜怒哀楽が激しいけど、根は優しい子だった。

「りー君ごめんね」
「なんで?」
「一人で突っ走って、取り返しのつかないことしたよね」
「いや。親からごちゃごちゃ聞かされるより、シンプルで逆によかったよ」

それは本心だったけれど、エリは苦虫を噛み潰したような、腑に落ちない顔をした。
俺にはいつも言葉が何か一つ足りないんだ、きっと。
< 60 / 81 >

この作品をシェア

pagetop