きみが空を泳ぐいつかのその日まで
「何が俺らをがんじがらめにしてるのか、一緒にちゃんと見届けよう。逃げたりしないで」

嬉しかった。
強く頷いてしまいたかった。
でも返事ができない。私はやっぱり意気地無しで弱虫なままだ。

「なんだよ。風邪引いたら寝込めばいいって、物事は意外とシンプルだって教えてくれたのはそっちじゃん」

自然と、顔が上を向いた。
彼の声に耳を傾けていると、迷いなくまっすぐに確信することができた。

そうだ、私は強く繋がっていた。
彼女と。
みどりさんて人ときっと。
ううん、絶対に。

「だから……怖いなら怖いって、傷ついたら痛いって言えよ。俺に」

久住君のひたむきな眼差しから、もう目をそらすことができない。

「ノート貸してくれたり、お互いの弁当を評価しあったことに事故うんぬんが関係ある?」
「ううん、久住君の隣の席はすごく楽しかったよ」

大人ぶって相手と距離を取ってみたりしたけどそんなの無理で無意味で、だからきっと今こうして向き合ってるんだと思いたい。

4月、桜が咲くあの頃。
久住君に助けてもらったことを思い出す。

教室で、彼の黒髪が風に揺れていたこと。
子供みたいな寝顔も、小さな寝言も、睫毛が長いなって見とれたことも、自転車で転がったことも、彼の家族のぬくもりも、すべてが鮮やかに大切に、心の奥にしまってある。

「私ね、いつか自分のこと好きになれそうな気がしてる。久住君にいっぱい力を貸してもらったから。勇気、もらったから」

そんな台詞じゃ全然足りない。
世界中どこを探したって、どんな名著や分厚い辞書の中にだって、この気持ちを伝える言葉をみつけられそうにない。

それなのに彼は嬉しそうに頷いて、時間を確認すると自転車をまたいだ。

「もう昼休み終わるな。だりぃけど行かないと。あーあ、自転車なんか正直まっぴらだわ、誕生日が来たらすぐ中免取って高速ぶっとばしてやる」

それからあの本をもう一度、私の手に持たせた。

「居眠りとかサボりとか遅刻とか、もうこんなふうに学校抜け出すこともしないし」
「あの……」

学校を抜け出してまでお別れを言いに来てくれた彼に、ちゃんとさよならがしたいのに、いざその時が来たら声がうわずってしまう。

「なんで息つぎ下手くそになってんだよ」

不器用に酸素を求める私を見て、やっぱり彼は普段通りに笑ってくれた。

「みどりさんて人のこと、きっと思い出せるよ。俺その人のことよく聞いてたし」
「そっか。彼女に会えたことが自慢だったんだねきっと」
「うん、だから急に会えなくなって不安なのは向こうも一緒だと思う」
「……そうだと、いいな」

彼女も私に会いたいって、思っていて欲しい。
< 79 / 81 >

この作品をシェア

pagetop