もふもふになっちゃった私ののんびり生活
……ヴィクトルさん、本当に待っているんだろうか。あれから十日も経ったし、冷静になってまだ子供の私のことを諦めたかもしれないよね。
何故かドキドキするようななんともいえない気持ちで結界の境界の近くまで来ると、夜明け前の薄暗がりに大きな影が結界前にあるのが見えた。
一瞬止まり掛けた足をスピードを緩めながら進めると、向こうも私に気づいたようで。
「良かった、ちゃんと来てくれた。おはよう、ルリィ!」
『お、おはようございます、ヴィクトルさん』
満面の笑みに引きながらも、こわごわと結界から出ると、すぐにしゃがみ込んだヴィクトルさんに話し掛けられた。
「今日は俺が護衛するから、人化した姿でも大丈夫だがどうする?」
ああ、そうか。今日は魔物から逃げる必要はないんだっけ。でも、私は人化した姿だと、風を纏って走るのも遅いんだよね……。
人の姿だとバランスをとるのが難しくて今でも満足には走れない、というだけなのだが。
『今日も日帰り予定なので、このまま行きます。人の姿よりもこの姿で走った方が速度が出るので。あの、ヴィクトルさんは人の姿のままでも大丈夫ですか?』
空を全力で駆けると、恐らく時速六十キロくらいは出ていると思う。
それでも森を抜けるのに三時間以上もかかるのだから、どれだけこの森が広いか分かろうものだ。
「ああ、大丈夫だ。本性に戻ると、この辺りの魔物が騒ぐだろうから、俺はこのまま走ろう。でも……今日も日帰りなのか」
そう残念そうに言うヴィクトルさんは、獣耳ではないのに耳がしゅーんと垂れる様が見えるようだった。
『日帰りです!今のところ街に泊まる予定はありません。そういえばヴィクトルさんは人化すると耳と尻尾が出ないんですね』
セフィーに言い聞かせられた通り、自分の言い分はしっかりと言ってから、ふと気が付いた。
最初にヴィクトルさんが魔獣だと全く気付かなかったのは、かなり動揺していたのもあるが外見が完全に人の物だったからもあるのだ。
まあ、私がただ単に耳も尻尾も消せない未熟者なだけなのかもしれないけど。
うっと自分の思考にダメージを受けたが、でも、私は魔獣のことを本当に何も知らないのだな、と実感する。
これがセフィーがしぶしぶながらヴィクトルさんの護衛を認めた理由なのだろう。
「ああ、人化に慣れるとどちらの姿にもなれるぞ。ホラ、耳と尻尾も出せる」
そう言って後ろを向くと、目の前に極太な尻尾が出現した。
その尻尾は十日前に見た獣姿の尻尾と同じく、猫科としては長めの毛でしっとりと艶やかな質感を持ち、先端にふっさふさの金の毛があった。
ふおおっ!!尻尾、触ったら気持ちよさそうなもっふもふな尻尾がっ!!
ついふらふらと手を出しそうになったが、セフィーの黒い笑顔がすぐに頭に浮かび、ブンブンと頭を振ってしっかりと意識を保つことに成功した。