かりそめの関係でしたが、独占欲強めな彼の愛妻に指名されました
「そのまま仕事が忙しくなってきて過去のことを思い出す暇もなくなっていた頃、陸に再会した」
「陸に?」
「偶然、駅前でバッタリ会ったんだ。お互いすぐに思い出してそのまま飲む流れになった。話の中で、妹と同居してるって知って、陸の名字を思い出してまさかなと思った。それとなく妹のことを聞き出そうとしたら……同じ会社だって言われて驚いたよ」
アイスコーヒーに浮かべた氷がバランスを崩して音を立てる。
カランという涼しい音を合図みたいに、ドキドキと心臓が騒ぎ出す。
私の知らないところで動き出していた話に、胸が高鳴っていた。
「翌日すぐに預金部まで顔を見に行って、あの時の子だって確信を持った。思い出のなかみたいな威勢のよさがないように思えて少し心配にもなったけど、目の前にいる相沢さんにただただ嬉しくなった」
私に視線を向けた桐島さんが「奇跡だと思った」と目を細める。
奇跡だなんて大げさだと思ったのに声にはならなかったのは……少なからず私の中にも同じ言葉が浮かんでいたからかもしれない。
でも、そうか……と今更納得する。
『相沢さんがたった一度の非難に傷ついて塞ぎ込むのは当然だし、責めるつもりはない。以前みたいに他人を助けた方がいいなんて言うつもりもない。そういう行為はやっぱり危険が伴うし、相沢さんに傷ついて欲しくはないから』
いつか桐島さんが言っていたのは、自身のことを伝えようとしてくれていたのかとわかり、少し救われた気分になった。
「最初は、興味本位の部分があった。あの時の子がどんな風になっているんだろうってくらいの気持ちだった。でも、話しているうちに相沢さんの内側やこれまで相沢さんに起こったことを知って……そのうちに庇護欲が湧いた」
「庇護欲?」
「あんなに、こっちが心配になるくらい真っ直ぐな目をしていた相沢さんが、俺の知らないところで立ち上がれなくなるくらいにひどく傷ついていたことを知って、堪らなく悔しくなった。俺の大事な子に……って。知りもしない相手に怒りを覚えたのは初めてだった」
ふたりきりの静かな部屋。
桐島さんがゆっくりと思い出をなぞるように話す。