星に願いを

叶わぬ力と叶えた力

十三年前、俺は初めて父さんから彦星としての力、人の願いを叶える力を受け継いだ。
彦星の力は代々、男性が受け継ぐ。俺は一人っ子だったからその力を自然と引き継いだ。
父さんは病気で床に伏していた。だんだんと、瘦せ細った父さんを見るのが辛かった。
俺は父さんに長生きして貰いたい。最初の願いを叶えるのは父さんだと決めていた。
力を受け継ぐ儀式は父さんの代わりに母さんがしてくれた。
その時の母さんの顔は悲しげな様子だったことを覚えている。
そして、儀式が終わると僕は父さんに呼び出された。

「春彦、お前には彦星の力を受け継いでいる、それはわかってるな」

「わかってるよ、儀式も済ませた。だから父さんの願いを叶えるよ」

俺にはついに力を手に入れた。今ならなんだってできる。父さんのために力を使いたい。
刻一刻と父さんの病に蝕まれる様子を見て気持ちが焦っていた。

「やめなさい。その力は本当に困っている人のために使いなさい。但し、むやみやたらに使うことはするな」

「どういうこと?」

「彦星の血には人の願いを叶える力はある。だがな、その力を使うことの代償として、自分の命を削っている。寿命が縮まることになる」

俺は息を飲んだ。寿命が縮まる?そんな恐ろしい力だとは思ってなかった。
自分の願いを叶えられないのに人の願いは叶えられる。
そんな理不尽なことがあるのだろうかと思えた。
それと同時に父さんが病に伏した理由がこの時はっきりとわかった。

「父さんの願いは春彦、お前が長生きすることだ」

「父さん!」

「こんな力を受け継いですまないな。父さんは力を使いすぎたよ」

そして、一週間後、父さんは息を引き取った。俺はてっきり父さんの願いを叶えられるものだと思っていた。それなのに父さんは、その願いを拒んでいた。何度、力を使おうとしても、父さんの体は良くならない。初めての俺の力は、俺の願いは何も叶わなかった。自分は無力なんだと涙が溢れた。

「春彦、空にはおまえの先祖の彦星様がいるんだぞ。おまえが泣いていたらきっと彦星様は悲しむ。それにきっと春彦のおじさんも……」

父さんが亡くなってから、夏樹は俺のことを心配してくれた。

「夏樹、ありがとう」

「皆の願いを叶えてあげるんだ。そうすれば、皆が幸せになる。俺たちは笑える。笑顔は神様がくれた大切な贈り物なんだぞ」

夏樹は彦星の力の代償を知らない。それでも、俺を励ましてくれる夏樹に感謝した。
皆が笑顔になれば彦星様も喜んでくれるだろうか。きっと父さんも……
彦星の力を使うのは怖い。それでも、きっと誰かのために使う必要があるんだ。
たとえそれが、自分の命と引き換えでも構わない時が来るのだろうか。

そして、俺が彦星としての力を使うことになったのは、父さんが亡くなってから程なくしてからのことだった。
夏樹の父さんが、何者かに銃で撃たれて瀕死の状態になったのだった。夏樹の父さんは村の警護をしていた。
今ならわかる。恐らく夏樹の父さんはかぐやの見張り役や、村の安全を守っていたのだと思う。だから、かぐやを欲しがる連中に撃たれたのかもしれない。

「春彦、お願いだ。父さんを助けてくれ。お願いします……」

「夏樹、落ち着け。お前の父さんは僕が絶対に助けてみせる。だから、お前は助かることだけを願ってくれ」

正直、俺は怖かった。それでも、やるしかない。夏樹には笑って欲しい。泣いてる夏樹をみるのは辛い。今こそ力を使わなくてどうする。そう自分を奮い立たせた。

「君の願いを叶えてあげる」

そして、俺は自分の体が熱くなっていくのを感じた。まばゆい光が自分の体を包んだ。その時に彦星様だろうか、いや、父さんが目の前に現れた気がした。
やがて光は消えた。

「もう、大丈夫。夏樹、父さんのところへ行ってあげな」

「ありがとう!」

そうして、夏樹の父さんは瀕死の状態から体を動かせるまで回復するのは早かった。
その後に夏樹から話があるからと、村を一望できる丘に呼び出された。

「春彦!自分の命と引き換えに願いを叶えているんだってな。父さんから聞いた」

夏樹のおじさんは俺の父さんと親しかったから、彦星の力の代償のことも知っていたのかもしれない。もしくは、俺の父さんの容態が悪化してそこから推し量ったのかもしれない。夏樹のおじさんから直接、話を聞いてなかったので、はっきりとはわからなかった。

「おじさんは知ってたんだね」

「なんで言ってくれないんだよ!俺たちは親友だろ?」

夏樹は俺の胸倉をつかんだ。目に涙を浮かべていた。

「夏樹が気にすることはないよ、僕が決めたことだ」

「春彦、約束してくれ。もう、その力は他の人に使うな」

「それはわからないよ」

「俺が春彦の代わりに困ってる人を助けるから、だから使うなよ!」

「世の中には困ってる人だらけだぞ」

「それでも助けるから。世界中の人を助けてみせるから!」

夏樹は無茶なことを言う。それでも、俺の体を気遣ってくれることに嬉しかった。
世の中が幸せに満ち溢れたら、俺の力は使わなくてすむかもしれない。
そう思えた。

「おじさんが助かって良かったな」

「うぅぅ……ありがとう」

夏樹は嗚咽をもらしていた。

「僕は夏樹の涙で救われたよ。力を使って良かったと思ってる。それで十分なんだ」

俺は嬉しかった。父さんには叶えられることができなかったが、夏樹のためにはできた。
俺のために泣いてくれた夏樹が、かけがえのない友達に思えた。

二度目に俺の力を使ったのはかぐやだった。今でもかぐやは知らない。俺の寿命が短くなっていることを。
きっとかぐやは自分のせいで、自身を責めるかもしれないからだ。
だから、絶対に彼女には伝えないと心に誓っている。

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