例えば世界が逆さまになっても




あのときとは、反対だ………


彼女を押し倒した瞬間、俺は、こういった状況にもかかわらず、そんなことを思ってしまった。


あれは、大学に入ってしばらくした五月――――
立ち入り禁止エリアの芝生の上で寝転がってた俺に、その顔を覗き込むようにして彼女が声をかけてきた……そのときの体勢と、今の状況は真逆だったのだ。


今でも、あの時のことは鮮明に覚えている。


『どうしたの?体調でも悪いの?』


コロコロと転がる鈴のような、可愛らしい声。
ハッとして目を開いた俺の目の前には、心配げな彼女の表情。
俺は思わず焦って、飛び起きた。
なぜなら、視界いっぱいに飛び込んできたその人物が、自分の憧れの人だとすぐに気付いたからだ……



彼女とはじめて会ったのは、もう少し遡って高校二年のときだった。
学校近くの公立図書館前で、たまたま出会ったのだ。
といっても、彼女の方はそれをまったく覚えてはいないようだった。
だから彼女の中で俺との出会いは、大学時代、風薫る五月の芝生の上になるのだろう。

はじめての出会いを忘れられていることは、普通ならば嘆くべき案件かもしれない。
けれどそれは、むしろ俺にとっては好都合な話だった。
というのも、高校時代の出会いは、お世辞にも良い出会いではなかったから。
少なくとも、彼女に、当時の俺を、俺の姿を、覚えていてほしくはなかったのだ。








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