例えば世界が逆さまになっても
その日、近くの公立図書館に寄る為にいつもと違う道で帰宅していると、図書館を目前にした小さな公園で、他校生が数名集まって騒いでるところに遭遇した。
彼らの制服はとても品行方正とは言い難い校風の高校のもので、俺は、なるべく関わらないように距離を保って通り過ぎようとした。
だが、まさにすれ違う瞬間、か弱い声でニャー…と鳴く猫が視界に映ったのである。
どうやら、そいつらは迷い猫にちょっかいを出しているようだった。
気弱で引っ込み思案なくせに、正義感だけは人並に持ち合わせていた俺は、怒りの感情が湧き上がってくるのを抑えられなかった。
『何してるんだよ』
今にも震えそうな声を、可能な限り低く下げて誤魔化した。
そのおかげで、ややドスのきいた声になったせいか、彼らは一瞬強ばった空気をまとった。
けれど、振り向いた正面に小柄で丸い体形の俺を認めると、一気にその強ばりを解いたのだ。
『なんだ?お前、俺達に何か用か?』
『まさか俺達のやることに指図するつもりじゃないよなぁ?』
『その図体で俺達とやるつもりかよ』
全員が、品のない笑い声を速球で投げてきた。
見た目で判断されることには慣れていたものの、相手はその気になったら犯罪だって躊躇わなさそうな連中で、恐怖を抱かずにいるのは無理だった。
『そんなこと、やめろよ』
二度目の忠告は、かすかに上ずってしまった。
すると連中はまたケラケラと笑い出し、俺は、恐怖とともに、恥ずかしさとか情けなさで頭に血がのぼりそうになった。
その時だ、
『あ、警察の方ですか?こっちです!こっちで高校生同士が喧嘩してます!』
女の甲高い大声が聞こえたのだった。
それは連中の耳にも届いたようで、奴らは明らかに狼狽えはじめた。
『やべえ、俺次は退学だって!』
『こんな奴相手にするからだろ!』
『お前が猫なんか見つけたからだろうが!』
『もういい、早く行くぞ!』
口々に荒いセリフを投げ合うと、そのうち一人が持っていた紙パックの飲み物を俺めがけて投げつけて、全員が同じ方向に逃げていったのだった。
紙パックをよけきれずに真正面で受けてしまった俺は、制服のシャツが甘ったるい匂いに染まっていくのを眺めるしかなかた。
すると、背後から声をかけられたのだ。
『大変でしたね。ケガはありませんか?』
それが、若菜だった。